航海と星座 「南十字星」

「高々と 南十字や 海を往く」
始めて独り立ちの当直。 昼、夜ともに8時から12時まで一番楽な時間です。
「未熟者には楽な時間を」との親御心からではありません。本来は船長の当直の筈ですが、そこへ未熟な3等航海士が補佐と勉強を兼ねて、一緒にブリッジ(船内で一番高くて見張りに便利、且つ、操縦の指令を出す所)に詰めています。ところが船長がサボって立たないものですから、いつの間にか、3等航海士の当直時間になりました。


職員のランクを説明しておきましょう。船長と1、2、3等航海士は、海上自衛隊の夫々、海将補、一佐、三佐、三尉あたりに相当しましょうか。さて、豪州航路です。神戸を出て一路シドニーへ向かいます。先ず、友が島水道(紀伊半島と淡路島の間の狭い所)を通過。後はマリアナ諸島の東を経て、ニューギニアの東端へ向かいます。針路は160度 (360度システム) です。そこを過ぎれば、後はシドニー迄、赤道を越えて、ほぼ真南の一直線。


「赤道を 越えれば高し 十字星 港シドニー 後三夜なり」
当直中の仕事と云えば、進路と廻りの見張りに専念すること、それと羅針盤を覗き込みながら、針路の確認をするくらいなもんです。航海中の景色と云っても、廻りは水平線ばかりで殆ど変わりません。退屈なもんです。強いて云えば、雲の高さが変わりますかな。赤道に近くなるにつれて、雲は高くまで登ります。空気の対流が高く迄及ぶからです。それと、星の見え方が変わって来ます。皆がよく知っている星座は、南十字星でしょうか。

少し脱線します。南十字星は、台湾まで行かないと見えません。それに対して北十字星と云う星座があります。私共が知っている星座に、白鳥がありますね。七夕の時に良く見える星座です。この星座を西向きに見ますと、丁度十字に見えます。16世紀の初頭、大航海時代にマゼラン達が、西へ向かって進んでいる時に、十字架と見立てて神の加護を祈ったものがその発端です。
さらに、南十字星にはカラス座というよく似た紛らわしい星座があります。カラス座は一名、にせ十字ともいわれて、南進するに際しては、カラス座の方が先に見え初め、船乗りたちはぬか喜びさせられたものでした。


航海中のエピソードとして、当直には必ず2人で立ちます。居眠り防止のためです。 航海士と老練水夫との組み合わせです。 新米医師と看護婦長の関係に似てますなー。 となればすることはお喋り。あんまり堅い話にはなりません。先ず柔かい話。落ちるところまで落ちます。「兄貴が死んでそのお古とこぶ付きで一緒にさせられた。」 娘からの手紙は「手紙を書くのは面倒くさいから嫌いです。でも書かないと怒られるので書きました」「けちつけやがらー」「まあまあそう云うな。血は続いているんだぞ」 ここら辺が無難です。 さしあたっての航海記は此処迄。