航海記 その3「北太平洋」
「おおーい 星が見えるぞー。」ええ?一瞬、耳を疑いました。ただ今11時35分「当直交代30分前」の船内アナウンスがあったばかり。正に真昼そのものの頃です。「どこだ、どこだ?」皆、空を見上げますわ。一瞬、黒いとさえ見えるほど澄んだ青空が帆と帆の間に垣間見えます。そうです。空を覆うばかりに広げた帆と帆の間の空に白いと云おうか、何か光るものと云おうか、点が見えたり見えなかったりしていました。
1953年、練習帆船、海王丸がロサンゼルスからハワイヘ向かっていた時の事です。私も実習生の一員として乗り組んでいました。皆さん聞いたことがおありですか。「井戸の底へ行くと昼間でも星が見える」って話。そうです。廻りがあまり明るくなければ特別明るい星なら見えることもありうるわけです。日没直後の金星、もしくは木星が「1番星見ーつけた」の世界ですね。それにしても、私の生涯において一度あるかないかの事でしょう。ほとんどの人にはないでしょう。早速「課業変更、天測実習を行う」とのアナウンス。実習生全員、六分儀を持って、太陽と金星の高度を測っての、船位算出の実習になりました。忘れられない思い出です。船位を出すと云っても、紙の上に西経何度何分何秒、北緯何度何分何秒の世界ですがね。陸の上ならカナダ国BC州Burnaby市 4425番地 Oxford Streetの話です。高度を測ると云うのは、問題とする天体と水平線の間の角度を測ることです。結構熟練と手間を要します。
「星が頼りの人生さ。。。」これは演歌の世界。
帆船の話に戻しましょう。「五里二十日 千里ひとっ走り」風を頼りの航海です。順風(目的へ向かった吹く風、その反対は逆風)ならば 一気に千里も走ってしまう。逆風なら五里行くのに20日も掛かってしまう。勿論、極端な誇張です。風が無くなって霧がかかった時の帆船はみじめなものです。垂れ下がった帆は大きな洗濯物と変わりありません。水平線はどんよりと曇って見えません。空は見えません。垂れ下がった洗濯物で、じめじめと湿っていてしずくが落ちて来る。視界はないと同じ事です。あーあと出るはため息ばかり。極端にいい天気で晴れた日は、風があまりありません。これでは船が動けない点では逆風と変わりがありません。一番いい風向きは目的地に向けた線に対し後方45度くらいでしょうか。あんまり真後ろでも帆が風を受ける面積が少なくなってしまって効率的ではありません。4本ある帆柱の帆全体で受ける面積が多い方が得なわけです。帆全体で、推進力を作り、舵を効かせて最大推進力を得たわけです。つまり風を求めて船を動かしていく訳です。
ハワイを出て、東京へ向かいます。この航路は大体順調です。北東貿易風と云う名前の一定した方角の風が連続して吹いています。船の進路は西北西そのままWake島北緯20度、東経170度迄来てしまいます。
さて、これからは予定通りの日に東京へ着ける話です。つまり、エンジンを使います。帆は全部たたんで、帆げた(英語ではyardと云いますが、柱の真横の向きに取り付けられた大きな枝です。この枝の向きを変えることによって、船の進行方向をコントロールします)に括りつけます。
さてエンジンで走り出しますと船は左右に大きく揺れます。まっすぐに立った帆柱は10階建ての細長い建物が左右25度くらいでしょうか。大きく揺れた状態をご想像ください。改めて船酔いのやり直しです。東京は遠かったです。

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