和の暦によると新暦の六月は「七十二候」で「芒種」と呼ばれている。旧暦の五月節気であり新暦の二十四節気の「芒種」である。稲や麦の植え付けの季節で農家では非常に忙しい時である。
カナダでは暦に関係なく暮らしているが、僕は考えてみると二十四節気の如き暦に依る生活スタイルで暮らしているのである。太陽の季節を待って三月半ば頃屋外でまだ雨天混じりの天候の中で絵を描き始め、新緑と共に風景を視つめるのが毎年の習慣になっているのに気付くのである。三本に分かれたフレイザー河がサリッシュ海に流れ込む広大な三角洲地域には大自然が季節の変化と共に激しく様相を変える。光、風、雲、山影や色などに加え移り変わる潮の満ち引き等を視詰める折々の景色は全く素晴らしいのである。
添付の六月の水彩画は、No.2Rdとダイク道に近い歴史公園となっている「ロンドン農場」の川辺からの「Cannery Channel (カンズメ工場水路)」と呼ばれる数々の缶詰工場の在った地域がShady島に挟まれた水路の西端のGarry Point Parkまで望む眺望である。
数々のカンズメ工場の跡地には1889年(明治23)から1971年(昭和46)頃まで 鮭漁業が栄えた形跡が多く残っている。(参考文献:Historical Guide to the Steveston Waterfront by Mitsuo Yesaki 1979)。
1942年に日本人が強制疎開を強制された後、1959年頃からスティーブストンに帰って来た日系人漁業関係達のコミュニティーは再復帰した様だ。鮭業初期の時代は日本人が移民して来るまでは河の南岸に居住していた原住民が漁業の主要人口であった。次第に日本人移民達は漁業法や漁船建造力や船の維持知識や技術を持つ為移民は盛んになった。しかし1971年以後は漁獲量の減退とともに缶詰工場も衰退した。
川沿いにカナダ政府の手で観光開発や歴史施設の保存完備が行われ現在の遊歩公園に大きく変化し総合開発計画は成功している。その背景を作った日系人コミュニティの作り上げた医療福祉施設や学校、寺院や漁業組合などの業績は大いに称賛されるべきだと思う。
三代続くスティーブストン仏教寺院は2028年には創設以来100周年を迎えることになる。
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