浅草田甫酉の町詣で

歌川広重の「浅草田甫酉の町詣で」(あさくさたんぼとりのまちもうで)をご紹介いたします。ここに描かれているのは妓楼の部屋。その格子窓から外を眺める猫。格子の向こう、はるか遠くの田んぼのあぜ道を大鳥神社の酉の市へ行く参拝者が行列を作って歩いています。その賑やかさとはうらはらに、夕焼けに浮かび上がる富士山と雁の群れが秋を感じさせ、猫は夕暮の寒さに背中を丸めています。そのそばに無造作に置かれた手拭い、障子に半分隠れた食べかけの飯碗。襖のそばの畳の上にはどれを髪に挿そうか悩んでいるかのように少し散らばったかんざし。
襖に隠れて見えない女性の、これから店に出る支度をしている艶姿と物悲しさを情緒豊かに描いた作品です。
酉の市は毎年11月の酉の日に開かれるお祭りで、浅草の鷲神社(おおとりじんじゃ)など鳥にちなむ寺社の祭として、今も関東地方で続いている伝統行事です。大きな特徴は境内の露天で売られる縁起物の熊手。買ったお客様と共に露天商が威勢よく手締め(三本締め)をしてこの一年の商売繁盛や家内安全を願います。
当時、この鷲神社の東側に新吉原という遊郭があり、祭りの日にはその遊郭内が開放されたそうです。 き っと襖の向こうの遊女はこれから繁忙を極める店へ出るため、急いで飯をかき込んで支度をしている最中な のかもしれません。そんなことを想像させる哀愁に満ちた浮世絵です。