山下町日比谷外さくら田

この浮世絵シリーズも今月が最後となりました。 最終回は季節柄お正月らしいものをと思い、歌川広重の名所江戸百景から「山下町日比谷外さくら田」を選びました。 描かれている場所は、現在は埋め立てられてしまった江戸城のお濠の一角、向こう岸には肥前佐賀藩鍋島家の上屋敷の立派な赤門と漆喰なまこ壁の長屋が描かれています。また右手には笠間藩牧野家の石垣。山下町とは現在の帝国ホテル横の辺りだそうです。 お正月らしく空には幾つもの凧が揚がり、画面手前左手は門松の一部。よく見ると左右に羽子板と空中真ん中に羽根が描かれています。そして遠方左奥には雪をかぶった富士が望め、麗らかな新年の様子が伝わってきます。 ところで興味深いのが赤い門。なぜ赤いのでしょうか?これは「御守殿門」と呼ばれ、将軍家から姫を迎えた証だそう。当時の藩主の鍋島斉正(のち直正)が徳川家斉の第十八女盛姫を正室に迎えています。御守殿とは三位以上の大名に嫁いだ徳川将軍家の娘の敬称。佐賀藩はペリー来航後の江戸湾防衛のために、品川台場の建設に貢献し、幕府から大きな信頼を得たそうで、そういった藩の権勢をこの絵の中にも描き込んだと思われます。 ちなみに東京大学の赤門も徳川家斉の姫を正室に迎えた加賀藩が建てたもの。 この絵が制作されたのは安政4年(1857年)、幕末の混沌とした時代がすぐそばまで来ていました。