「イベント情報」でも案内されている「デジタルアート展Imagine Van Gogh」に行ってきました(コンヴェンション・センター)。これは、ゴッホの作品を単に鑑賞するだけではなく、映像技術を駆使してその絵の中に入りこんで堪能しようという展覧会です。
この「アート展」のコンセプトから1つの映画を思い出しました。黒澤明の「夢」です。「夢」は、夏目漱石の小説「夢十夜」から形を借りたと思われる8つの短編から成るオムニバス映画です。黒澤晩年の幻想味豊かな異色作ですが、その「夢」の第5話「鴉」が、まさにゴッホ作品の中に入りこんでしまうという内容でした。
展覧会でゴッホの絵を見ていた主人公は、気が付くと「アルルの跳ね橋」の絵の中に入りこんでいた。広い畑に出ると、ゴッホが一心不乱に創作に励んでいる。立ち去るゴッホを追いかける主人公だが、画家は「鴉のいる麦畑」の丘の向こうに姿を消してしまう…。これが第5話「鴉」ですが、主人公の背景が次から次へとゴッホの風景画に切り替わっていく様は、まさに夢の世界です。さらにそこに鳴り響く音楽が、見る者を怪しく不穏な気分にいざないます。
この映画に使われた音楽は「雨だれ」という曲で、「ピアノの詩人」ショパン(19世紀)の代表作の一つです。
明るい調べの前半部分から突如、日が翳るような暗い響きとなり、やがて悪夢にうなされるような昂ぶりを見せ、最後はもとの明るい音に戻って終わるという構成の曲ですが、特徴的なのは、全曲を通して同じ高さの音が延々と繰り返されることです。
これが雨のしずくを思わせることから、いつしか「雨だれ」の愛称で呼ばれるようになりました。
当時、恋人とのゴシップに辟易していたショパンは、彼女とともにパリからスペインの島へ逃避行の旅に出ます。それは、後に彼の命を奪うことにもなる肺結核のための転地療養を兼ねていました。ある日、恋人は宿から街へ買い物に出かけたきり、折からの豪雨で夜になってもなかなか帰ってきません。悪化する病による死の恐怖と雨の深夜の孤独感に苛まれたショパンが、髪を振り乱し激しく鍵盤を叩きながらできたばかりの曲をピアノで弾く姿を、ようやく宿に戻った恋人が目撃していますが、この時の曲がこの「雨だれ」だったと言われています。
この雨だれを思わせる音(ソ♯)の反復ですが、同じ高さの音にもかかわらず、明るい前半部分から暗い後半部分に入った途端、ガラリと別の表情を見せるところがショパンの天才の証と言えるでしょう。ピアノ音楽の歴史の中に埋没していった凡百の作曲家たちと、今も愛奏愛聴されるショパンとの差はこの一曲からも十分知ることができます。
ソ♯👇
https://youtu.be/iKSUpyENtwo 映画「夢」より「鴉」
https://youtu.be/tmXjrkdQatw ショパン「雨だれ」ユンディ・リー
https://youtu.be/qp3mWcDNTE8 「雨だれ」演奏のグラフィック映像
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