「初夏(はつなつ)の風」と「亜麻(あま)色(いろ)の髪の乙女」 ドビュッシー

かぜとなりたや 
はつなつの かぜとなりたや
かのひとの まへにはだかり
かのひとの うしろよりふく
はつなつの はつなつの かぜとなりたや       

日本は例年に比べて一か月近くも早く梅雨入りしたようですが、カナダは今さわやかな「初夏」の気候ですね。
今月は初夏にちなんだ作品をご紹介します。
◆カナダのビクトリアと日本人と言えば、かの地で客死した新渡戸稲造が知られていますが、それ以前に、ある版画家も若き日の数か月をビクトリアで過ごしたことがあります。それは失恋の痛手を癒すための旅だったのですが、彼は終生その女性を忘れることができず、帰国してのち一枚の版画に彼女の面影を刻み込みました。それがこの「初夏の風」です。
◆版画家の名前は川上澄生。「初夏の風」( 1926年)は川上の代表作として最もよく知られたものです。
作品には自作の詩が添えられていますが、五音七音の繰り返しによる心地良いリズムの中に、「風になって彼女を包みたい」という、一人の女性に寄せる、静かにして熱い想いがこめられています。
◆この作品をご覧になって、世界的版画家、棟方志功と作風が似ているとお感じになった方もいらっしゃると思います。
青年時代、「わだばゴッホになる」と宣言して画家を志していた志功ですが、この「初夏の風」に触れたことで方向転換、版画の道を歩むことになりました。ですから、むしろ川上の方が志功に決定的な影響を与えたということになります。
イタリア・ルネサンスの名画に「ヴィーナスの誕生」(ボッティチェリ)というのがありますが、「初夏の風」は、この傑作からもインスピレーションを受けています。ご興味のある方はぜひご自分で両者を比較なさってみてください。
◆さて「ここで一句」ならぬ「一曲」です。
この絵を眺めながら、ドビュッシーのピアノ曲「亜麻色の髪の乙女」などいかがでしょうか。(20世紀フランス)
「すべてのピアノ音楽の中でこれが一番好き」と言う人もいるほどの名曲ですが、これはフランスの詩人ルコント・ド・リールの同名の詩を音楽化したもので、その静かな佇まいとほのかな余韻が川上の作品とマッチしているように感じます。
原詩の中に具体的な季節は書き込まれていませんが、一説によれば初夏の風景を描いたとも言われています。
◆グループサウンズ全盛の頃の日本でも、「亜麻色の髪の乙女」という歌がヒットしたことがありますが、こちらはドビュッシーともリールとも無縁の歌謡曲で、ヴィレッジ・シンガーズが歌っていました。(昭和43年 作曲すぎやまこういち)
島谷ひとみによるカバーも大ヒットしていますが、この曲の歌詞の中にも「風が優しく包む」というフレーズが出てきますので、「初夏の風」とドビュッシーとヴィレッジ・シンガーズを並べて鑑賞するのも、あながち見当はずれではないかもしれません。

https://youtu.be/PzZaHUlYpSw?t=13   「亜麻色の髪の乙女」(ドビュッシー) 

https://youtu.be/7aGmPZtu5bc      「亜麻色の髪の乙女」(ヴィレッジ・シンガーズ) 

https://youtu.be/hEu3VgCQWvY?t=60  「亜麻色の髪の乙女」(島谷ひとみ)