今年のNHK大河ドラマは、源平を取り上げているそうですが、その源平の争いを描いた「平家物語」の中の人気の下りの一つ、「一の谷の合戦」の舞台となったのは、神戸の須磨海岸です。夏になると水着の男女で賑わうこのビーチの現在の風景から、敵味方入り乱れた、かつての争いを思い浮かべることは難しいですが、近隣の須磨寺に収められた「青葉の笛」が、その名残を伝えています。
武士のプライドを守り、弱冠17歳で戦没した若き貴公子、平敦盛(たいらのあつもり)が、生前に愛奏していたと伝えられてきたのが、この「青葉の笛」です。以前、神戸市立博物館の学芸員に、この笛についての解説を聞いたことがあります。その時、その方の言われた「これは由緒あるニセモノです。」という言葉が今も耳に残っています。敦盛の死後、かなり経ってから制作された笛だそうですので、真っ赤なニセモノということになりますが、それでも、彼の遺品として、熱心にこれを拝む人たちが今もいます。
音楽の世界にも、この由緒あるニセモノと呼ぶべき作品がいくつもあります。今回は、その中のチャンピオンと言っても過言ではない「アルビノーニのアダージョ」をご紹介します。「アルビノーニのアダージョ」は、バロック音楽の中では、パッヘルベルのカノンや、G線上のアリアなどと並ぶ大人気作品です。クラシック音楽のワクを越えて、あらゆるジャンルで取り上げられてきました。アルビノーニは、バッハと同じ時代のイタリアの人気作曲家で、一度は忘れ去られましたが、20世紀に起こったバロックブームとともに蘇りました。アダージョは「ゆるやかに」という意味のイタリア語で、元々は遅いテンポを表す言葉でした。やがて、その遅いテンポで書かれた曲自体も「アダージョ」の名前で呼ばれるようになり、数多くの作曲家が、数えきれないほどのアダージョを作ってきました。
では、「アルビノーニのアダージョ」もアルビノーニの作かというと、さにあらずで、本人の死後200年以上経った20世紀半ばに書かれた曲です。それは、バロック音楽の研究家のジャゾットというイタリア人の手になるものですが、彼はある時、第二次世界大戦中に破壊されたドイツの図書館から、アルビノーニの「未発表の楽譜の断片」を発見したそうです。そして、それを復元編曲して発表したのが、この「アダージョ」だったというわけで、世に出るや、この曲はたちまち人々の心を鷲づかみにしました。
しかし、他の研究家たちからはすぐに疑問の声が上がります。なぜかというと、周囲の期待に反して、元になった楽譜をジャゾットが公開しようとしなかったためです。結局、そんなものは実在せず、すべてはジャゾットの虚言と創作であることが明らかになるのに、さほど時間はかかりませんでした。「私はアルビノーニを忘却の淵から救い出したかった」と後に語るジャゾットですが、作曲家でもあった彼は、「寄らば大樹の陰」で、かつての大作曲家の名を借りて、世間に自作を認めさせたかったのかもしれません。
https://youtu.be/kn1gcjuhlhg アルビノーニのアダージョ
偽作とはいえ、この作品の持つ深い憂愁の味わいは格別で、演奏会だけではなく、映画やドラマなどでもよく使われてきました。また死者の追悼音楽にもなっています。かつてボスニアの内戦で犠牲になった一般市民の御霊を鎮めるために、一人のチェリストが砲弾飛び交う町の中で、22日間にわたってこの曲を弾き続けた事実は、この紛争を描いた映画でも再現されていました。
https://www.youtube.com/watch?v=vb6va1KXzHU 映画「ウェルカム・トゥ・サラエボ」ラストシーン
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