この二枚の写真は世界的によく知られたものです。上はネス湖の恐竜、いわゆる「ネッシー」の写真で、下は「妖精」の写真です。どちらも発表されるや、たちまち世界中にセンセーションを巻き起こすと同時に、長期にわたる真贋論争の元にもなりました。公開されて数十年後に撮影者たちが、どちらも捏造であることを告白したことによって、この論争にはついに終止符が打たれました。しかし、スコットランドのネス湖には今も古代の恐竜の生き残りが住んでいて、またイギリスの地方の森には妖精たちがひっそりと暮らしていると固く信じる人たちがいます。
事の真偽はともかく、ネッシーの方は、たびたび目撃されてきたこの怪物の証拠を示したいという思いから作成されたもので、妖精の方は、遊ぶものが何もない片田舎に住む少女たちが、唯一の遊び場所としての森の中で「撮影」したものです。子どもたちが迷子になることを怖れて森に行くことを固く禁じていた父親を「森の妖精に会いに行く」と説得するための半ば遊び心で作った写真でした。どちらも、最初から世界をだましてやろうなどという意図はなかったようですが、一度世に流出した情報が、たちまち悪意の虜となって独り歩きを始め、人々を翻弄してしまう流れは、現代のネット社会と何ら変わるところがありません。(ネッシーは1934年、妖精は1917年に撮影)
先月ご紹介した「アルビノーニのアダージョ」も、おそらくそれと同じような事情の作品と言えるかもしれませんが、作曲者のジャゾットも、まさかこれほど有名な音楽になるとは夢にも思っていなかったことでしょう。しかし、発表後すぐに、専門家たちからはニセモノであることが見破られていた点も、上記二枚の写真と共通しています。
アルビノーニと同じくバロック時代の作曲家にカッチーニという人物がいますが、近年、彼の名を冠した「カッチーニのアヴェ・マリア」という作品がたいへん人気があります。シューベルトやグノーなど多数の作曲家たちが名作を残してきた「アヴェ・マリア」ですが、この「カッチーニのアヴェ・マリア」もご多分に漏れず、やはり偽作です。作曲したのは、イタリアのカッチーニとは縁もゆかりもない旧ソ連の無名作曲家でした。アルビノーニのアダージョと同様、このアヴェ・マリアも心を洗われるような美しい調べの曲ですが、60年代のフランスの映画音楽のように聞こえなくもないという「名曲」です。他の多くのアヴェ・マリアとちがって、この曲ではひたすら「アヴェ・マリア」一語だけが何度も繰り返されます。
https://youtu.be/aYzhOe4CYNA カッチーニのアベマリア(作曲 ウラジミール・ヴァヴィロフ)
アヴェ・マリアを書いた作曲家が何人もいるように、「子守歌」もたくさんの人々によって作曲されてきました。中でも「モーツァルトの子守歌」は、シューベルトやブラームスと並んで、3大子守歌として知られていますが、こちらも、モーツァルトと同時代の作曲家、フリースという人物の作品であることが判明しています。ただ、この場合は、誤解によってモーツァルト作として伝わってきたようで、大作曲家に擬する意図は、フリース本人にはなかったようです。
https://www.youtube.com/watch?v=bQGpJihkDDo モーツァルトの子守歌(作曲 ベルンハルト・フリース) (丸尾豪司)
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