その日も、ベートーヴェンは日課の散歩をしていました。頭の中は新曲のことでいっぱいです。知り合いのバイオリニストから依頼された曲作りが一向に進まず、半ばイライラしながら歩みを進めているうちに、あるお屋敷の前にさしかかりました。とその時、来客とおぼしき人物が玄関のドアをノックする音が聞こえてきました。ドンドンドン・・・。「これだ!」その音に電光のように打たれたベートーヴェンは家に飛んで帰り、それまでの難航がウソのように五線譜の上に音符をほとばしらせました。今しがた耳にしたばかりのドアノックの音を取り入れながら・・・。メンデルスゾーン、ブラームス、チャイコフスキーと並んで4大協奏曲と呼ばれるベートーヴェンの「バイオリン協奏曲」誕生の瞬間です。
冒頭、ティンパニによって打ち出される5つの音(ドンドンドンドンドン)が開曲の合図です。この5つの音は、ここだけではなく、約20分を要する第1楽章の中で、(楽器を変えリズムを変え)何度も何度も繰り返されながら、音楽の骨組みを構成しています。クラシック音楽の長い曲を聴くのが苦手な方は、初めから終わりまで、この「ドンドンドンドンドン」(とその変形)が何度繰り返されるか数えてみると、一つの聴き方として楽しめるかもしれません。
https://youtu.be/_hXdjRYELGw ベートーヴェン「バイオリン協奏曲」 イザベル・ファウスト(バイオリン)
これまでに星の数ほど書かれたバイオリン音楽の中でも、王座を占めるといっていいベートーヴェンの名作が、このようにドアのノックという生活音からヒントを得たというのは意外に思われるかもしれませんが、探してみるとそういう曲というのはいくつもあるものです。パッヘルベルほど有名ではありませんが、ベートーヴェンも「カノン」をいくつか書きました。その中でも「メルツェルのために」と題されたカノンはユーモラスな音楽です。このメルツェルとは、あのメトロノームを発明した人物ですが、ベートーヴェンの知り合いでした。このカノンは、まさにメトロノームの音を模しています。
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