今回はタイースの瞑想曲をご紹介します。バイオリン・ソロの名曲としてよく演奏される作品です。
曲名は御存じなくても、ハープのアルペジオ(分散和音)に乗ってすべるように奏でられるバイオリンのメロディーを耳にすれば、「ああ、この曲か。」と膝を打つ方が多いことでしょう。逆に曲名はよく御存じでも、「タイース」とは何なのか、瞑想とは一体どんな瞑想なのか、ということになると、ご不明な方も多いと思います。
正解を申し上げると、「タイース」は小説の女主人公の名前です。そして「瞑想」は、この主人公がそれまでの自分の生き方を180度転換し、生まれ変わる決心に至る思案と葛藤を指します。小説の題名は「舞姫タイース」。芥川龍之介が傾倒したことでも知られる作家アナトール・フランスによるものですが、マスネー(19世紀フランス)によって、「タイース」というタイトルでオペラ化され、それが今でも人気があります。
時は4世紀。ナイル河畔の町アレキサンドリアでは、タイースという妖艶な高級娼婦に男たちが魅了され、町の風紀が乱れていました。アレキサンドリア出身で、今は僻地で厳しい修行に励むキリスト教の若き修道士アタナエルは、故郷の堕落を憂いていました。彼は、自分の力でタイースを改心させ信仰の世界に導こうと決意し、アレキサンドリアに戻ります。「私にとって大切なものは、美と快楽とお金だけ。」と言い放つタイースを前に、アタナエルは厳しい態度で改心を迫ります。初めは取り合わなかったタイースですが、徐々に彼の言葉に耳を傾けるようになります。享楽に酔いしれる彼女の心にも、老いに向かう人生後半の不安が隠れていたのでした。やがて、夜を徹して瞑想にふけるタイースは、それまでの生き方を捨て神のために奉仕する決心をします。この時、劇中の間奏曲として、彼女の心の変容を音で表したものが、「タイースの瞑想曲」です。
曲は清らかな調べで始まりますが、次第に大きな揺れを見せるようになります。これは彼女のためらいや葛藤を表現しています。最後に冒頭のメロディーが、前回よりも静かで落ち着いた響きで戻ってきますが、迷いを捨て信仰の道に入る姿を示すものです。
タイ―スの瞑想曲 https://youtu.be/BAS31sxMnWA マキシム・ヴェンゲーロフ(バイオリン)
かくして、「聖と俗」、「霊と肉」の争いは、いずれも前者の勝利に終わりました。ハッピーエンディング、めでたしめでたし・・・のはずが、実は物語の本題はここからなのです。現世の煩悩から解放されて、修道院にこもり、ただひたすら神のために祈る修行を受け入れたタイースに対して、それを導いたはずのアタナエルが、あろうことか、彼女の魅力に取りつかれ、信仰どころではなくなってしまったのでした。歌劇の最終場面は、何か月にもわたる過酷な修行に耐え「神の花嫁」として昇天するタイースと、身をよじる思いで、彼女からの愛を乞い願うアタナエルの嘆きが描かれています。天使や聖人たちの魂にいざなわれ、天国へと旅立った元娼婦とその亡骸(なきがら)をかき抱き、涙にくれながら苦悶の叫びをあげる迷える修道士。胸かきむしるような幕切れです。
「建前と本音」が交錯するこのオペラの最終場面でも、「タイースの瞑想曲」のメロディーが印象的に使用されています。
オペラ「タイ―ス」最終場面 (タイ―ス昇天) https://youtu.be/7zTm60jRO6g 英語字幕
「微笑み」ずくで終わらせた恋が 夢の中 悲鳴あげる♪ ~中島みゆき 「黄砂に吹かれて」
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