イギリスが大好きだったんです ハレルヤ・コーラス  ヘンデル

クリスマス・イブに「過去・現在・未来」の3人の幽霊が現れて、無慈悲で強欲な商人の男を改心させる小説「クリスマス・キャロル」は、イギリスのディケンズの作です。彼の墓はロンドンの観光名所でもあるウエストミンスター寺院の中にあります。


ここはもともと、エリザベスⅠ世などイギリス王族の歴代の墓所でした。しかし、王室のお歴々だけではなく、ニュートンやダーウィンなど、歴史に名を残したイギリスの偉人たちの墓もここにあります。また文学者や芸術家などが眠る「詩人のコーナー」には、ディケンズの他にもチョーサーやブラウニングなどといった大詩人たちと並んで、音楽家ヘンデル(18世紀)の墓碑も見られます。 

後期バロック音楽の大作曲家として、「音楽の父」バッハと並び称されるヘンデルは、生粋のドイツ人でした。その彼がイギリスの偉人たちだけが入れる墓所に埋葬された理由を一言で言えば、イギリスに帰化、つまりイギリス人としてその身を終えたからです。ドイツ時代の彼はオペラの作曲家として一家を成していました。しかし、イギリスに居を構えた後半生は、オラトリオの大家として歓待され、その名を後世に残すこととなります。そのイギリスの居心地の良さに、ヘンデルは帰化する道を選んだのでした。

ヘンデルのオラトリオの最高傑作といえば、クリスマスの12月によく上演される「メサイア」(救世主)です。それは、救世主イエスの生誕から受難と復活までを描いた大作ですが、神の栄光を讃える「ハレルヤ」がその中のピークを成しています。          これはよく知られたエピソードですが、「メサイア」のイギリス初演で、演奏が「ハレルヤ・コーラス」にさしかかった時、列席していたイギリス国王が突如起立して直立不動でこのコーラスを聴き通したという故事から、今でも起立してこれを聴く人たちがいます。

https://youtu.be/C3TUWU_yg4s ハレルヤ 聴衆着席   https://youtu.be/weFJHtcxJt0  ハレルヤ 聴衆起立 

オラトリオ」は、かつて「聖譚(せいたん)曲」と訳された曲種です。「譚」の字は「物語」を表します。ですから、声とオーケストラを用いて、主に「聖書の中の物語を音楽化した作品」がオラトリオで、特にコーラス(合唱)がものを言う音楽でもあります。
ヘンデルがオペラ以上にオラトリオで成功した要因には、当時のイギリス国民の嗜好(しこう)が挙げられます。恋愛やせめぎ合いといったストーリーを持ち、舞台装置や衣装や演技を必要とする世俗的なオペラに対して、オラトリオは、宗教的題材をめぐる音楽中心の簡潔な表現形態です。そのため、敬虔(けいけん)かつ穏健だった当時のイギリス人気質(かたぎ)には、オペラ以上にオラトリオの方が好まれました。ヘンデル没後1世紀を経たヴィクトリア朝(19世紀)の文学には、外出を控え、屋内でも静粛に過ごさねばならない「退屈な日曜日」の描写がしばしば登場します。これは、天地創造を成しとげた神が7日目に休息を取ったという聖書の記述に倣って「安息日としての日曜日」を遵守(じゅんしゅ)したためですが、これも敬虔で穏健な文化の名残と言えます。


ヘンデルの他のオラトリオのナンバーで、「ハレルヤ」と並ぶ人気を誇る曲と言えば、「見よ、勇者は帰る」です。これも、聖書から題材をとったオラトリオ「マカベウスのユダ」の中のコーラス曲です。日本では昔から「得賞歌」の名でも知られ、運動会やスポーツ大会などの表彰式の音楽として親しまれてきた「あの曲」です。大相撲の定番にもなっていますね。もしヘンデルが現代に生まれていたら、この曲の著作権と印税だけで死ぬまで遊んで暮らせたのではないか。そんな世俗的なことも思わせたりする一曲です。
https://youtu.be/8p1BedwyFKY 見よ、勇者は帰る マカベウスのユダより