先日、近所のリカーストアで1本のワインに目が止まりました。初めて見る銘柄でしたが、その名前に惹かれて購入することにしました。ワイン好きの方にはおなじみかもしれませんが、「ピロスマニ」というワインです。
原産地がジョージア(グルジア)と聞いてピンとくるものがあったので、家に帰って調べてみたところ、思ったとおり ジョージア出身の画家の名前からネーミングした、とあります。
ピロスマニは、私が昔からずっと惹かれてきた画家です。決して上手いとは言えない絵ですが、画面からは何か引き込まれるものを感じて目が離せなくなります。フランスのアンリ・ルソーなどと並んで、彼の画風は「素朴派」と呼ばれたりしますが、私には「ヘタウマ」という言葉の方がしっくりきます。
ピロスマニの名前はお聞きになったことがなくても、「百万本のバラ」という有名なシャンソンをご存じの方は多いと思います。一目惚れした女優のために、貧しい画家が全財産を使って、町中の花屋から買ったバラを届けるという歌ですが、その画家のモデルがこのピロスマニです。
https://youtu.be/wOq-gV8dNPw 百万本のバラ
ジョージア国民は、人や動物に優しい目を向け続けたピロスマニの絵と、その人柄が大好きで、どこの家にも彼の絵が飾ってあるそうですから、郷土のワインの名前になるのも当然かもしれません。
美術史的に言うと、「写真の普及」のビフォーアフターでは、絵画の持つ意味に大きな変化がありました。「本物そっくりに描く」ことを主眼としていた絵画は、近代に入ると、「何を描くか」よりも「どう描くか」の方に重心が移動し、やがて「画家は見えないものを描く」といった言葉まで生まれるようになります。私がピロスマニの絵に惹かれるのも「見えざる何かがそこに描かれている」と感じるからかもしれません。日本の有名な絵本作家や児童文学の編集者などにも、彼の熱烈なファンがいます。
今回、私が担当する教養講座では、ムンクなどの近代絵画について、そのようなお話もしてみたいと思っています。
ちなみに、ジョージア(グルジア)という国は、ワイン発祥の地と言われています。その真偽はともかく「ピロスマニ」は、のど越しの良いワインでした。また買いに行こうと思います。
続いて、先月と同じく巻頭言の補足です。
「1812年」についての予備知識
チャイコフスキーの「1812年」は、一般には「大序曲1812年」の名称で知られている。ロシアがナポレオンを撃退した記念と犠牲者の追悼のために、1812年から建立が始まった大聖堂において、(70年後の)1882年に初演された曲である。
「大序曲1812年」は、昔から音楽の専門家や評論家たちから芳しくない評価を受けることが多かった曲でもある。それは、「やたらとジャンジャン鳴るだけのうるさい音楽」や「遅かれ早かれ歴史の中に消えていく運命の曲」といった具合だった。友人のたっての頼みで、いやいやこの曲を書いたチャイコフスキーも、自作に対して「騒々しいだけで、特に愛着はない。」といった感慨を漏らしている。初演も不評に終わったが、その後、作曲者がこの曲を指揮した演奏が、予想を超えた大評判を取って以降は、クラシック音楽の人気曲として今もプログラムを飾り続けている。 わが地元のバンクーバー交響楽団も、2018年の定期演奏会で「1812年」を取り上げている。
歌謡界には、歌手の寺尾聡(あきら)が歌って一世を風靡(ふうび)した「ルビーの指輪」という曲があるが、作曲当時は、「こんなお経みたいな歌が売れるはずがない。」とプロダクションが発売に難色を示した経緯がある。しかし、世に出るや歌は大ヒット。さらには、レコード大賞まで受賞するという快挙を成し遂げた。「1812年」とジャンルこそ違えど、専門家ゆえに判断を誤るというのは、時と場所を選ばずに起こることのようである。
https://youtu.be/cEgFco0oUNA ルビーの指輪
かつてクラシック音楽を題材として大ヒットしたコミック「のだめカンタービレ」は、アニメやドラマとしても大人気を博した。その勢いはとどまるところを知らず、ついにはクラシックの本場ヨーロッパでのオールロケによる映画化へと発展する。
その全編のクライマックスとして、フランスのオーケストラによって演奏されるのが「大序曲1812年」である。
指揮者による心のつぶやきで曲の解説が始まり、途中で大砲の炸裂シーンまで挿入され、終演後はスタンディング・オーベーションの嵐。フランスの聴衆だけでなく、オーケストラのメンバーも感激して演奏の成功を喜び合う。ただ、よくよく考えると、この曲はフランスが大敗する曲なので、その結末をフランス人たちが大喜びする姿は、映画ならではの「お愛嬌」かもしれない。
https://youtu.be/tFKa9DouO8Y 映画「のだめカンタービレ」より「1812年」演奏シーン
「大序曲1812年」は、年号をタイトルにした珍しい曲だが、チャイコフスキーと同じくロシア人作曲家のショスタコーヴィチ(20世紀ソビエト)にも、ロシア革命の年号である「1905年」「1917年」というタイトルを持つ二つの交響曲がある。

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