夢と創造 悪魔のトリル タルティーニ
毎月、このニュースレターが配信されると、私の担当する記事にご感想やご意見を寄せてくださる方々がいます。拙文を毎回熱心にお読みいただいていることは、本当にありがたいことですし、大きな励みにもなっています。 先月の「メロディがよく似た曲」についてのご感想やご意見では、私がご紹介した以外の似た者どうしの音楽や、それに類するお話を何名かの方から教えていただきました。
今回は、その中から会員の渡嘉敷(とかしき)治夫さんからの情報を皆さんと共有したいと思います。それは、ビートルズの名曲「イエスタデイ」に関するものです。
ビートルズの曲の大半はポール・マッカートニーが作曲したものですが、彼は「イエスタデイ」のメロディを夢の中で聴いたそうです。目覚めてからもその音が忘れられないマッカートニーですが、それを新作として発表していいものかどうかためらいました。なぜなら、いつかどこかで聴いたメロディを単に夢の中で思い出しただけで、自分が作ったものではないのではないかと思ったからです。そこで彼はこのメロディを、会う人ごとに手当たり次第に歌って聞かせることにしました。そうやって、誰一人として知らない曲だということが最終的に確かめられてから、この歌には題名と歌詞がつけられ、そして永遠のスタンダード・ナンバーとなったのでした。
「夢の中の創造」というのは不思議なことではありますが、実はクラシック音楽にも同様のエピソードがいくつかあります。
一人目はベートーヴェンです。トビアスという友人に宛てた手紙の中で、彼はこのようなことを言っています。「ウィーン行きの馬車の中で、私は眠ってしまい夢を見た。夢の中でシリアやインドなど遠い国に行き、最後はエルサレムを訪ねた。聖都は聖書のことを思い出させた。と同時に私は一曲のカノンを思いついたが、目覚めると残念なことにそれをすっかり忘れてしまっていた。しかし、帰りの馬車でも、やはり夢うつつに各地を旅しながら、私はそのカノンを完全に思い出したのだった。」
ベートーヴェン カノン https://youtu.be/jYWPxvoyMYo 「トビアス・ハスリンガー」(友人)の名が歌詞に使われている。
二人目はワーグナー(19世紀ドイツ)です。オペラの大作に挑みながらも、なかなか筆が進まず四苦八苦していた彼は、ある時、死ぬほど疲れ切ってソファで眠りに落ちました。「私は急速に川の中に沈んでいく感覚にとらわれ、砕ける波の音が変ホ長調のように感じられた。波が頭の上で激しく打ち合うのを感じながら、そこで目が覚めた。長い間うまくいかなかった『ラインの黄金』前奏曲を夢の中で聴いたのだった。」
楽劇「ラインの黄金」 前奏曲 https://youtu.be/LUaQBQt1qJ8 楽劇「ラインの黄金」は、「ライン川の底に眠る黄金から作った指輪を持つ者だけが世界の支配者になれる」という伝説を元に書かれた作品です。映画化もされた小説「ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)」も、この伝説を元にして生まれた作品の一つです。
夢と創造の最後は「悪魔のトリル」です。これは、18世紀イタリアのバイオリンの名手にして作曲家だったタルティーニによる傑作で、彼はある夜、悪魔がバイオリンを妖しく操りながら、世にも妙(たえ)なる楽の音(ね)を奏でる夢を見ました。目覚めた彼は、すぐさまそれを楽譜に書き取ろうしましたが、出来上がったものは、夢の中で聴いた美しさの足元にも及ばないと述べています。
この曲は3つの楽章からできていますが、主に第3楽章が夢の中で聴いた「絶美」を再現しようとした部分と言われています。
しかし、冒頭の第1楽章からしてすでに美しい音楽で、歌詞をつけると、そのまま演歌の「泣き節」にでもなりそうな調べです。
悪魔のトリル https://youtu.be/3A_i2eFOxrM 6分10秒から第3楽章

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