二流は盗む では一流は?アベマリア グノー

一時は厳しく規制されていた外国人の入国が全面的に解禁された昨今、日本を訪れる外国人観光客が激増しているそうで、コロナ禍が過去のものになったことを実感します。しかし、良いことばかりではないようで、歴史的な遺物や遺跡などに心ない落書きが見つかる件数もまた増えているようです。そういった不届き者の中には、勿論日本人も含まれますが、「旅の恥はかき捨て」の気分がそれを助長しているのかもしれません。
かつて、「歴史的な記念物の表に自分の名前を書きつける無教育な旅行者の所業」と批判された曲がありました。批判したのは、セシル・グレイという当時の著名な音楽批評家で、批判されたのは、19世紀フランスのグノーが作曲した「アベマリア」です。


https://youtu.be/wY97qgYCagw グノーのアベマリア  https://youtu.be/PVJ1lvWtnko グノーのアベマリア(バイオリン)
     

グノーのアベマリアと言えば、数多(あまた)あるアベマリアの中でも、シューベルトのそれと肩を並べる名曲中の名曲です。今年もクリスマスの年末、世界のあちらこちらでこの曲が演奏され聴かれていることでしょう。グレイは何をもって、そのような批判をしたのでしょうか。答えはその伴奏部分にあります。この曲の伴奏は、グノーとは時代も国も違うバッハ(18世紀 ドイツ)の曲だったからです。
この曲は「平均律クラヴィーア曲集」という、上下合わせて48曲から成る大曲の記念すべき一曲目に当たります。ベートーヴェンのピアノソナタ32曲が「新約聖書」に例えられるのに対して、平均律クラヴィーア曲集は「ピアノの旧約聖書」と呼ばれます。そのように完成されたはずの、このバッハの曲に新たにメロディを乗せて歌い上げたのが、グノーだったというわけです。


https://youtu.be/SDuucEUkwds   「平均律クラヴィーア曲集」前奏曲ハ長調 
https://youtu.be/22yLbGU3obA   「平均律クラヴィーア曲集」 ジャズ・バージョン(ジョン・ルイス)


ピカソは天才の名をほしいままにしましたが、その制作点数が15万点を超えるという点でも超ド級の画家でした。これは、ギネス記録です。ただ、あまりに多くの作品を残すと、どうしても他人の作とよく似た図柄や構図の作品がいくつも生まれてしまいました。その点を批判されたピカソは「二流は盗む。一流は自分のものにする。」という言葉を残しています。たとえ他人の作を元にしたとしても、最後はそれを自分らしいものに変えてしまう。きっとそう言いたかったのでしょう。それは大バッハの曲ですら、自分の旋律の伴奏に変えてしまったグノーのアベマリアにも当てはまることかもしれません。 
実は、ベートーヴェンも、他人の作品のメロディや響きやアイデアを上手にわがものとする天才でもありました。その一例として、彼の第三交響曲「英雄」の冒頭主題(メロディ)を挙げておきましょう。このメロディ自体は先輩のモーツァルトの作品ととてもよく似ています。しかし、それを料理(展開)する手法は、まぎれもないベートーヴェン・スタイルです。


https://youtu.be/Ad7WlYjxS3Y  モーツァルト「バスティアンとバスティエンヌ」序曲
https://youtu.be/sw13j5jCdkA  ベートーヴェン 交響曲第3番「英雄」


最後にクリスマスなどでよく聴かれるバッハの曲をどうぞ。
https://youtu.be/WUo7tQOvapE バッハ 「主よ人の望みの喜びよ」                

ムンク「叫び」 1893年 

ピカソ「道化師」   1900年