書いたのはベートーヴェンではなく・・・     田園交響曲     ヴォーン・ウィリアムズ

もうすぐ4月。いよいよ本格的な観光シーズンの到来ですね。
「観光」という言葉は「光を観る」と書きますが、この「光」とは、歴史や文化や生活や風景など、その土地の「良いもの」を指すと言われています。それゆえ、観光名所には常に人を呼び寄せる力があります。ところが、世の中には、その逆の「がっかり名所」と呼ばれるものもあります。期待して行ったものの、実物を前にして失望を覚える場所のことです。日本では、札幌の大時計台、高知のはりまや橋、長崎のオランダ坂が、三大がっかり名所に名を連ねます。とは言っても、これらは、もともと観光用に作られたものではなく、後に名前だけ独り歩きした旧跡ですので、勝手に不名誉なランキングをされるのは迷惑千万なことかもしれません。


クラシック音楽の世界にもがっかり名所があります。その代表的なものが「ベートーヴェンの小川」です。彼の第6交響曲「田園」の第2楽章には「小川のほとりの風景」というタイトルが付けられていますが、そのモデルとなった小さな川のことです。作曲当時、ハイリゲンシュタットというウィーン郊外の村に住んでいたベートーヴェンは、毎日散歩をしながら「田園」の筆を進めていました。その第2楽章は、のどかでゆるやかな川の流れに、岸辺でさえずる鳥の鳴き声などが散りばめられた一幅の名画のごとき趣があります。川の近くには、ベートーヴェンが名高い遺書を書いた家や、ひいきにしていた居酒屋などが現存しているため、毎年多くの人が彼の足跡を求めて、かの地を訪れます。そして、件(くだん)の小川を見て一様に失望を感じるというのがお決まりのパターンです。 ここは私も訪ねたことがありますが、小川というより溝と呼んだ方がふさわしい流れで、おまけに両岸が石やコンクリートで固められているため、そこからあの第2楽章の音は聞こえてきません。むしろ、この一帯に「ベートーヴェンの散歩(道)」(Beethoven gang)という地名と番地まで付けられている事実の方に面白みを感じた次第です。


春にベートーヴェンの「田園」を楽しむのも悪くありませんが、時にはヴォーン・ウィリアムズ(20世紀イギリス)の「田園交響曲」の方がよりしっくりくるかもしれません。特に、なだらかな稜線の山が多いバンクーバー周辺の自然には、イギリスの風土と共通点がありますので、散策、あるいはバルコニーなどで景色を眺めながらこの曲に浸るのは、なかなか乙な楽しみではないかと思います。 (この作曲家の名はVWと略記されることがあります。)  https://youtu.be/-KF2Kb6pIaE  田園交響曲 (VW 交響曲第3番)  

ヴォーン・ウィリアムズの「田園交響曲」は全4楽章で演奏時間が40分弱あります。長い曲が苦手な方には、同じ作曲者が春に寄せて書いた「揚げひばり」がお薦めです。これは、メレディスという詩人の同名の詩をもとにした作品で、かそけきバイオリンのソロが、静かに鳴くひばりの声を模倣し、フルートで始まる中間部の後、またひばりの声を模したバイオリンが戻ってきて曲は閉じられます。何度も繰り返し聴いてみたくなる味わいに富んだ小品です

 https://youtu.be/SSIUKcFk0_I 揚げひばり

 https://youtu.be/o4rt4-JIKbA 揚げひばり (アカペラ伴奏)


ヴォーン・ウィリアムズは「イギリスらしい音」を求めた作曲家で、若い頃、盟友のホルストとともにイギリス国内を巡り、民謡の採集に明け暮れました。その作品に聞かれるイギリス的な音はそういった努力の結果と言えます。「グリーンスリーブズによる幻想曲」も、そういう曲の一つです。

https://youtu.be/7GzCrT3dAXs  グリーンスリーブズによる幻想曲       

 (丸尾豪司)