セーヌ川を下る旅(1) 6回シリーズ

私の海外旅行といえば、イギリスに四度、ドイツに三度、イタリアに二度、スペイン/ポルトガル、ギリシャ/トルコ、及びイスラエルに各一度、フランスにはリヨン近くの田舎に息子の友人の結婚式に招かれて一度行ったきり。フランスにはご縁がないと諦めていた。ところが今回ミネソタ交響楽団主催のセーヌ川を下るクルーズに加わることになった。息子夫妻と孫娘が一緒である。この旅を始めるに当たって考えたことは、第一に準備期間が短くクルーズが十日足らずなことを考え、未知の画家の作品を無理に理解しようとせずに旧知の作品を楽しむこと。第二にルーブル、エッフェル塔などの人混みには近づかないこと。
クネクネと曲がったセーヌ川を下るのだから船体は細く、旅の道連れは140人くらい。二階建ての船で中央の廊下を隔てて両側に寝室があり、どの部屋からも外の景色を望める。船の名は「ルノワール」と幸先の良い名前である。セーヌ川岸から見るのは山というよりなだらかな丘。フランスの柔らかさを感じる。その麓の岸に綺麗な家が並び、突き出た岩の色は白くて、やはりフランスもこれほど北東になると地質的にイギリスと繋がっていてドーバーの白い崖と同じに白いのかなと思った。川を下る所々で下船し徒歩またはバスで見物に行く。


美術館巡りその他を列挙すると、まずクルーズ前に行ったロダン美術館では「考える人」はじめ無数の彫刻が家の中にも広々とした庭にも置いてある。大体のところ彼の彫刻は葛藤しているような鋭い角度の行き交う作品が多い。庭にあるロダン作のバルザックの石膏像が、この旅での文学との唯一の接点だった。同じフランス作家で文学協会の会長だったエミル•ゾラの依頼によるという。次にアメリカの画家マーク•ロスコーの展覧会。大きなキャンバスに四角いエリアが全部赤色、その下に長方形の黄緑のエリアといった具合の絵が何作も並んでいる。赤は赤でもべったり塗ったわけではなく色合いに変化があって救われる。展覧会は翌日終わるので丁度よいタイミングだった。

チュイレリー庭園を通ってオランジェリーに行くと、巨大なモネーの睡蓮の絵が部屋の両側に壁の端から端まで続いている。ニューヨークのメトロポリタン美術館でも同様の作品を観たが、絵の色合いも展示室の設置具合もニューヨークの方が良いと思った。静かな明るい部屋にベンチを置いてあるので座って心いくまで鑑賞できるからだ。ここパリでは人が多すぎて全体を見ることができない。見終わって外に出るとコンコルド広場にはオベリスクが聳え立ち、その先にエッフェル塔が見える。今夏のパリオリンピックの準備工事で広場は雑然としていた。


オワーズ河畔のオーベール城でゴッホが泊まって仕事していた部屋を見た。驚いたことに、ある部屋の壁に浮世絵がびっしり飾ってある。その後ゴッホの絵にあるロマネスク様式の教会の前を通ってゴッホと弟テオのお墓に。脳の病に苦しんだ辛い生涯を送ったゴッホと、その彼を支えたテオが並んで眠っている。本当に “Rest in peace.” と祈る瞬間だった。

          
(6月号に続く)