天使のラッパ? コーラングレの名曲

語源のお話です。8月は英語でAugustですが、これは古代ローマの初代皇帝であるアウグストゥスの名に由来します。7月は暗殺された執政官シーザーのファーストネームであるジュリアスからJulyとなりました。ローマ時代の暦の1月から6月までは、もともとローマの神々に由来する月名でしたが、そこに神格化された二人の偉人の名が加えられた形です。このように語源や由来から、歴史や文化が垣間見えることがよくあります。(9~12月は単に「~番目」という月名)


オーケストラの管楽器の名前にも様々な由来があります。金管楽器のトランペットは、巻貝を意味する「ストロンボス」が語源です。日本語でいう「ほら貝」に当たります。昔、トランペットの仲間にクラリーノという楽器がありました。音色がそれに似ているという理由で、後に誕生した木管楽器の一つにクラリネット(小クラリーノ)の名が与えられました。ホルン(Horn・Corno)はその名のとおり動物の角をくり抜いて作った角笛(つのぶえ)です。フレンチ・ホルンと呼ばれることもありますが、なぜフレンチなのかは謎とされています。もう一つ、イングリッシュ・ホルンという楽器があります。こちらは木管楽器のオーボエを大型にしたものです。形が天使のラッパを連想させるため、コール・アングレ(天使の角笛)と呼ばれていましたが、「イギリスの」角笛とも聞こえるので、イングリッシュ・ホルンという別名ができました。

https://youtu.be/E9Pp8xAtww4 オーボエとコーラングレ 
由来はさておき、今回は、そのコーラングレ(イングリッシュ・ホルン)を使った名曲をご紹介しましょう。

◆最も人口に膾炙(かいしゃ)している作品が、「新世界」交響曲(ドヴォルザーク)の第2楽章です。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にも出てくる曲として、日本でも古くから知られていましたが、「遠き山に日は落ちて」の原曲としても親しまれています。

https://www.youtube.com/watch?v=N_H6GjJa4yI 「新世界」交響曲第2楽章 聴き比べ

◆ギター独奏とオーケストラのための「アランフェス協奏曲」は、盲目の作曲家ロドリーゴ(20世紀)による作品です。故国スペインのアランフェス宮殿に思いを馳せて書かれた曲ですが、特にコーラングレのソロが奏でる冒頭のメロディで知られる第2楽章は、そのむせるような情感からさまざまなジャンルにアレンジされ、世界的に親しまれています。
https://youtu.be/dsGViiivwlI
 「アランフェス協奏曲」第2楽章 ベルリン・フィル

◆同じく20世紀フランスのラヴェルが晩年に残したピアノ協奏曲ト長調は、いつまでもそこに浸っていたいと思わせる第2楽章に珠玉の輝きがあります。特にコーラングレのメロディに、ピアノが宝石のようにからみながら彩り飾っていく後半部分は全曲の白眉とも言えるでしょう。 

https://youtu.be/b99RKWD_8q4  ラヴェル「ピアノ協奏曲」第2楽章
※この動画の6分38秒からコーラングレのソロとピアノのからみになります。(ピアニスト アリス=紗良・オット)

 
◆手塚治虫の短編に、輪廻転生(生まれ変わり)をテーマにした「0次元の丘」という作品があります。ベトナム戦争で皆殺しになったある一家が世界各地で転生し、やがて故郷の村に集結するというお話ですが、彼らは各々がたまたま聴いた同じ曲によって前世の記憶を蘇らせ、自らの転生を知ったのでした。それは「トゥオネラの白鳥」という実在の曲で、20世紀フィンランドのシベリウスによる交響詩です。トゥオネラはフィンランドの伝説に出てくる黄泉(よみ)の国(死後の世界)のことです。曲は地の底から湧き起こるような暗く深い響きの中に、黄泉の国に住む白鳥の姿をコーラングレが静かに美しく歌い上げていきます。

https://youtu.be/E9Pp8xAtww4 トゥオネラの白鳥