天下人の聴いたクラシック 千々の悲しみ ジョスカン・デ・プレ

アメリカのテレビドラマ「SHOGUN」が、今年度のエミー賞の各部門を総なめにしました。エミー賞は、テレビドラマの年間最高傑作に与えられる栄誉で、映画のアカデミー賞に匹敵します。「SHOGUN」はアメリカ人作家の同名小説が原作で、今回が二度目のドラマ化ですが、一度目も北米の人たちには大評判でした。家康をモデルにした主人公をはじめ、戦国時代の日本統一という目標に向かいしのぎを削った武将たちの姿が、特に自国の歴史の中で、常にリーダーやヒーローを求め続けてきたアメリカ人の精神構造に作用したのかもしれません。折も折、いよいよ来月に迫った大統領選挙に向けて揺れ動く国民感情までもが交差した結果と見るのは、的外れのうがった見方でしょうか。 

皇帝 カール5世

100年以上にわたる内戦状態だった戦国時代にピリオドを打ったのは、「尾張三英傑」の信長、秀吉、家康の三人です。一方、彼らの登場を準備した人物として、斎藤道三の名がよく聞かれます。1972年(昭和48年)のNHK大河ドラマ「国盗り物語」は、その斎藤道三を主人公とした司馬遼太郎の同名小説をもとにしています。ただし、ドラマの後半部分は、原作にはない信長を中心とした構成になっていました。道三ゆかりの岐阜県では、毎春「道三まつり」が開かれ、11月には「信長まつり」があります。

信長には数々のエピソードが伝えられていますが、新しいものを好むパイオニア精神においては他の武将たちを凌駕していました。通説では、南蛮渡来のワインを初めて口にしたのは信長で、バナナ、金平糖などを初めて食したのも彼だとされています。西洋の学芸にも大いに関心があったようで、1582年、安土城で開かれた演奏会では、キリスト教宣教師や楽士たちによる器楽合奏や舞踊を鑑賞したと記録されています。能の舞いを愛好した信長は、西欧のダンスにいたく感心し、彼らと一緒に踊りを楽しんだそうです。その日どんな曲が演奏されたのか定かではありませんが、確実視されている曲の一つが「千々の悲しみ」です。15世紀フランスの作曲家ジョスカン・デ・プレによる曲で、もともとは失恋の詩につけた歌ですが、当時ヨーロッパ全土で愛唱されていた名作です。   https://youtu.be/dkfVzCZ68_Q 「千々の悲しみ」 アカペラ(無伴奏合唱)
「千々の悲しみ」は、その多大なる人気から何人もの作曲家によって編曲され、のちには「皇帝の歌」と呼ばれることになります。それは、当時のヨーロッパの最高権力者、スペイン国王にして神聖ローマ皇帝のカール(カルロ)5世にこの曲が愛されたためです。それが、日本を手中に収めかけた最高権力者、信長の御前演奏の一曲として選ばれたとしても、何の矛盾もないでしょう。
戦国時代、キリシタン大名の命を受け長年月にわたるヨーロッパ派遣に向かった4人の少年たち(天正遣欧使節)が帰国した時、信長はすでに世になく、秀吉が天下人となっていました。彼らが欧州滞在中に身に着けたものは多岐にわたる欧風文化で、その中には、歌や楽器演奏も含まれていました。それを秀吉の前で披露した際も、「皇帝の歌」を取り上げたことが記録にはっきり残っています。彼らを歓待した「日本の王」はたいそうご満悦だったとか。https://youtu.be/am599Cz99J8 皇帝の歌 リコーダーとリュート
このリコーダーとリュートの組み合わせは、ルネサンス音楽の定番中の定番でした。https://youtu.be/5X3xJk3SE8k?list=RD5X3xJk3SE8k グリーンスリーブズ リコーダーとリュート
昔、私は趣味でリコーダーを吹いていました。やがてリュートも弾けるギター上手の友人と合奏するようになり、下手の横好きから人様に無料で聴いていただくことも時々ありました。この「グリーンスリーブズ」は、そのレパートリーの一つでした。

(記 丸尾豪司)