先頭打者ホームラン オンブラ・マイ・フ ヘンデル

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
1月は新年会のシーズンですね。きっと世界のあちこちで「乾杯!」の声が聞かれたことでしょう。それにちなんで、今年最初の巻頭言は「乾杯の歌」(歌劇「椿姫」から)で始めたいと思います。
https://youtu.be/GT1LXbFjWe4 乾杯の歌 (ヴェルディ 19世紀イタリア) 日本語訳付き
「乾杯の歌」は、「椿姫」の舞台開幕直後に歌われる曲で、聴く者をあっという間に華やかな社交界のパーティへといざないます。たとえるならば野球の先頭打者ホームランのようなものです。試合開始を告げるアンパイアの「プレイボール!」の舌の根も乾かぬうちに最初の打者が放つ本塁打のことを先頭打者ホームランと呼びます。これは、相手チームにはいきなりの先制パンチとなり、自軍にとっては幸先の良いスタートで、チームのムードが一気にアップします。また「はじめ良ければ終わり良し」で、このホームランでゲームの主導権を握ったまま、勝利に持ち込むということもよくあります。
ただし、パリの高級娼婦ヴィオレッタと実直な青年アルフレードの純愛物語である「椿姫」の場合は、病に倒れたヴィオレッタの死によって閉じられるため、はじめ良ければ…とはいきません。
https://www.youtube.com/watch?v=x7wDngvfII8&pp=ygUY5qS_5aer44CA44K544OI44O844Oq44O8 椿姫あらすじ アニメ版
それに対して、ヘンデル(18世紀イギリス)の「セルセ」(クセルクセス)は、恋人どうしが結ばれるハッピーエンドのオペラです。これは、作曲者の死後、ほとんど忘れ去られた作品ですが、やはり物語の冒頭で歌われるアリア「オンブラ・マイ・フ」(優しい木陰)だけが、今日まで歌い継がれてきました。
この歌は1986年、ニッカウイスキーのCMで黒人の女性歌手キャスリーン・バトルが歌ったことにより、日本でも大ブレーク。その後、そのサウンドトラックのレコードが驚異的な売り上げを記録しました。当時、私の職場でも、クラシック音楽にも歌劇にも興味のなかった同僚が「ニッカのCMのレコードを買ってきて、毎晩わが子と聴いている」と楽しそうに語る姿が目に焼き付いています。 
https://youtu.be/ZcMDPL5NR4c  オンブラ・マイ・フ  キャスリーン・バトル 日本語訳付き
キャスリーン・バトルは、当時の話題を独占したソプラノ歌手で、かつてのマリア・カラスのような迫力には欠けるものの、その可憐な歌声と清楚なたたずまいが世界中の音楽ファンの心をわしづかみにしました。声楽畑出身のある批評家は、「発声も舞台姿も理想的に美しい歌手」と彼女を手放しで褒め称えました。 
https://youtu.be/5rBEcokvsF0 ニッカCM3曲 キャスリーン・バトル
1月といえば世界各地でニューイヤーコンサートが開かれますが、その起こりとなったのは、戦時中にウィーン・フィルが始めた新年演奏会です。キャスリーン・バトルは1987年に一度だけこのコンサートに出演しています。それは奇しくも巨匠カラヤンが、生涯でただ一度だけ指揮したウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでもありました。この時の2人の共演は、名演として今でも語り草になっています。 
https://youtu.be/TF0XSkb7TyM ワルツ「春の声」 Jシュトラウス  バトル×カラヤン(ニューイヤーコンサート) 
このように歌姫として成功したバトルですが、音楽の世界に今も残る黒人差別にはいろいろと苦しめられたようで、近年の来日公演では、アンコール前にそれについての長いスピーチを行ったと言われています。ちょうど世界でBlack lives matterが叫ばれていた頃でした。
実はそれより一世紀近くも前に、主要キャストがすべて黒人というオペラがアメリカで作られていました。ガーシュウィン(20世紀アメリカ)の「ポギーとベス」です。そして、この歌劇にも、 先頭打者ホームランに匹敵するアリアがあります。ジャズのスタンダードナンバーにもなった 「サマータイム」です。  
https://youtu.be/NghjBMn6ZJM  サマータイム 「ポギーとベス」より  (NY メトロポリタンオペラ)
この物語の結末は決してハッピーとは言えませんが、その後の展開にかすかな希望を感じさせるものにはなっています。
さて、21世紀も4分の1が過ぎようとする2025年には、どんな結末が待っていることでしょうか。