今年は第二次世界大戦終結から80年の節目の年です。日本の敗戦は8月ですが、ナチス瓦解によるヨーロッパ戦線の終結は、それより早いこの5月でした。ナチスドイツと 連合国の戦いを描いた映画は数多くありますが、その中の一つに「英国王のスピーチ」(2010)があります。1939年、ポーランドに侵攻したドイツにフランスとともに宣戦布告 したイギリスの国王ジョージ6世(娘は後のエリザベス女王)がラジオ放送で国民に語り かけた実際の演説を元にして作られた作品です。国民に団結を呼びかけたそのスピーチは名演説として絶賛され、国民の士気を大いに高めました。開戦からほどなくロンドンはナチスによる執拗な空爆を受け甚大な被害を受けますが、結束した市民は、地下鉄の夜の構内を防空壕として過ごし、昼はそこから学校や職場に通うなど一丸となって市民生活を送り、この苦難を乗り切りました。
「英国王のスピーチ」は幼い頃から吃音に悩まされていた国王が、一人の言語療法士との出逢いから一念発起し、やがて国家存亡をかけた一世一代のスピーチをやり遂げ、国民に大きな感動と勇気を与えるシーンまでを描いた作品です。 https://www.youtube.com/watch?v=zxew7HJS_Zo&ab_channel=clafitzy 「英国王のスピーチ」演説の場面
https://www.youtube.com/watch?v=3oFmeT1RVQs&t=18s&ab_channel=fja09328jf09 演説の後
このスピーチの場面にはBGM(音楽)が使われていました。ベートーヴェンの第7交響曲の第2楽章です。同じリズムの繰り返しの上に何者かが徐々に迫りくるような悲壮な情感をたたえた音楽で、スピーチに込めた国王の魂の高揚を象徴するかのようです。速度記号で「アレグレット」(やや快速に)と指定されているため、この楽章は「永遠のアレグレット」と呼ばれています。それまで、前衛音楽家として、作品が常に物議をかもしていたベートーヴェンですが、第7交響曲は例外的に初演が好評だった作品です。そのためアンコールとしてこの第2楽章がもう一度演奏されたほどでした。
https://youtu.be/ESilvOS2O9k 永遠のアレグレット
「やや快速に」という指定にもかかわらず、昔はこの楽章をもっとゆっくり演奏する指揮者がよくいました。NHK交響楽団の指揮者だった岩城宏之は、ある手記の中で興味深いエピソードを紹介しています。それは、この交響曲をカラヤンがウィーン・フィルと 演奏した際のことです。指揮者はこの第2楽章を少しゆっくりと演奏しようとしました。が、オーケストラがそれに抵抗しました。そのため、何度も繰り返した結果、やっとカラヤンの望むテンポでリハーサルを終えました。ところが翌日の本番では、オーケストラ全員が指揮を完全に無視して、いつもの早めのテンポ(アレグレット)で演奏してしまったそうです。裏切られたカラヤンはというと、まるで最初からそのテンポを望んでいたかのような涼しい顔をして最後まで振り通しました。「カラヤンの完敗だった。」岩城はそう感想を述べています。往年のカラヤンといえば、ヨーロッパ中の音楽ポジションを独占して「帝王」と呼ばれた人物です。しかし、世界一を自認するウィーン・フィルもまたその高きプライドから、たとえ帝王の指示であっても、納得のいかない演奏は拒否したのでした。なお、岩城自身もベルリン・フィルやウィーン・フィルを何度も指揮しており、このレポートもそこで目撃したものです。
ウィーン・フィルの海千山千のエピソードは枚挙にいとまがありませんが、それは又の機会に譲るとして・・・カラヤンより年長で、この楽団が心服していたカール・ベームという指揮者がいました。彼が晩年に同団と演奏した「永遠のアレグレット」は、超スローテンポだったことを付記しておきます。 https://youtu.be/XlYpc4JJkr0 カール・ベーム 最晩年の「第2楽章」 ウィーン・フィル
クラシック音楽の楽しみの一つに同じ曲の異なった演奏の聴き比べというものがあります。
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