ウィーンに旅する (4)

      美術史美術館の一部.銅像はマリア•テレジア女王


美術史美術館にはチケットの期限内なら何度でも入れるので、三度くらい行った。最初にフェルメールの「絵画芸術の称賛」、デューラーの諸作品、ピーテル•ブリューゲル(父)の「バベルの塔」などルネッサンスからバロック時代の絵画を鑑賞。次にはレンブラントの特別展を観に言った。レンブラントの素晴らしさには言葉がない。彼の「アガタ•バス」という肖像画では衣服と扇の精巧さは類を見ない。よく見るとその部分は絵の具の色を重ねただけのような飄々とした筆致で、一瞬彼は印象派の手法を先取りしたのではないかと思った。この絵は英国王室の所蔵である。他にも個人所蔵の作品が展示されていた。これらの作品は特別展でないと見ることができないので、この場に居合わせたのはラッキーだった。レンブラントの作品を観た後では、ティントレットの或る作品でさえ比較的に平面的に見えたのだが、それでもティントレットの「スザンナと老人達」は、やっぱり出来の良い絵だ。


フェルメール「絵画芸術の称賛」(1666年頃) 

レンブラント「アガタ•バス」(1641年)


ティントレット「スザンナと老人達」(1555年)

ある日MAK美術館(応用美術博物館)に行った。ウィーン分離派の風変わりな椅子や戸棚などの家具が並んでいる。この美術館で思わぬ珍事が起こった。変な形の椅子が床の真ん中の展示台にでんと据えてある。それを見過ごそうとした私は展示台の角に当たって転んでしまった。先を行っていた息子夫婦が駆けつけたが、問題ないと示すために床に尻餅をついたまま腕や脚を体操の時のように動かせて見せた。その頃には係員が駆けつけたが、彼も展示台に躓いて、展示された椅子に向かって転んだ。二人目の係員が慌てて駆けつけて同僚を助けようとしたが、何と彼は展示の椅子を床にひっくり返してしまった。このドタバタ喜劇に、まだ尻餅をついたままの私は笑いがとまらなかった。椅子に被害はあったかなとは思ったが、立ち上がった私は、そのまま街の中心地の向こう側に位置するアルベルティーナ美術館に向かった。


「バイオリン奏者」(1911年頃)


「愛人たち」(1937年)


「冬の結婚式」(1969年)

名前だけでは単独の美術館のように聞こえるが、アルベルティーナ美術館は実は広大な敷地に何棟もあるホーフブルク宮殿(オーストリア皇帝の宮殿)の建物の一棟である。この美術館ではシャガールの特別展を見た。シャガールの生涯を通しての画題やスタイルの変化を追っていて興味深い。彼はただ宙に浮いた男女の幻想的な絵ばかり描いたのではない。ロシア生まれのユダヤ人である彼はユダヤ人の村の生活、悲しげなラビの絵なども描いている。その中で不思議に思ったのは磔になったキリストの絵で、なぜか彼は十字架に架かったまま画面の上部に横に描かれている。しかも腰布は普通の白地でなく、ユダヤ人常用の白地に黒い縞入りの布をつけている。元々キリストはユダヤ人だったのだから、縞入りの布は分かるが、キリストを横に描いているのは何を意味するのか自問してみるが答えは見つかっていない。