アルベルティーナのエレベーター案内
シニャック「ベニス、ピンクの雲」(1909年)
再びアルベルティーナ美術館に行った日には「モネーからピカソへ」という展覧会を見た。初めに点描画家シニャックや、マチス、モネ、シスレー、ルノアール、ドガなど印象派の絵、更にクリムトの「人魚」など、そして野獣派やピカソの後にはミロ、カンディンスキー、クレー、ココシュカ、マグリットと20世紀の主に表現派の画家に至り、何室もスペースを取った膨大な展覧会である。過去の写実的絵画の形が徐々に崩れていく様子が分かる。これら画家の名前や作風は知っていても、いま目の前に掲げられている絵画を見ながら頭の中で整理するのに忙しかった。
複数の展覧会を同時に見せる美術館は世界でそれほど多くはないと思う。その意味でアルベルティーナ美術館も美術史美術館も稀な存在だと思う。
クリムト「人魚」(1899年)
カンディンスキー「黄色の点」(1924年)
ミロ「鳥と虫」(1938年)
クレー「烏のいる風景」(1925年)
マグリット「魔法の世界」(1953年)
レオポルト美術館はエゴン•シーレの多数の絵を蔵する。シーレの先輩で父親役のクリムトや、同じく表現主義のココシュカの作品もある。特に4階と3階にある「ウィーン1900年」と言う特別展覧会は興味深かった。彼らの初期の作品は皆“通常の”有能な画家の作品である。丁度ピアニストが初めはクラシカル音楽を学んだ後でジャズ、ポップなどに転向するのと同じだと思った。何事にも基本を学ぶのが大切なのだ。19世紀も終わる頃にクリムトを主軸に発展したウィーン分離派は多くの芸術家にこの転向の機会を与えたに違いない。20世紀初年のウィーンは確かに新風が渦巻いていたのだ。画家ばかりではない。有名人の中には台本作者ホフマンスタール、作曲家マーラーやシェーンベルク、心理学者フロイト、作家カフカ等々、枚挙にいとまがない。20世紀を動かした芸術家など50人の写真が壁にずらりと並んでいる。ウィーンがこれらの人々を誇りに思うのも当然で、絵画の他に、挿絵、ポスター、装飾品、家具など陳列品は多岐にわたっていた。
ウィーン分離派初回展覧会のポスター(1898年。検閲前のヴァージョン)
ミノタウロスと戦うテセウスの裸体が時の権威の逆鱗に触れたのか?
レオポルト美術館の特別展覧会「ウィーン1900年」の一部
クリムト作「愛」1895年
シーレ作「ロジンスキーの肖像」
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