出すぎた杭は打たれない バーバーのアダージョ

今月の初め、日本人ミュージシャン、ジョージ浜野の訃報がありました。といっても、その人だれ?という方がきっと多いことでしょう。しかし、かつての「ピンキーとキラーズ」のリーダーといえば、ピンと くるかもしれません。ただし、ほとんどの人の目に浮かぶのは、亡くなった本人ではなくリードボーカルだった今陽子の顔ではないでしょうか。このようにグループ歌謡やバンドの場合、いちばん目立つのはセンターで歌っている歌手で、その他のメンバーは、熱狂的ファン以外には顔も名前もあまり 覚えてもらえないということがよくあります。内山田洋とクールファイブも、ほとんどの人の目に焼き付いているのは、リーダーの内山田ではなく、ボーカルの前川清だと思います。グループやバンドは 活動半ばで解散することがよくありますが、その後、ソロ活動や俳優への転身などで成功するのも、やはりこの一番目立っていたメンバーが多いようです。昔から、「出る杭は打たれる」といいますが、こと音楽活動においては、出ても打たれないどころか、さらに目立っていく杭のケースがかなりあるように思います。(ビートルズぐらいグローバルでエポックメイキングなバンドであれば、メンバー 4人の顔はもちろん、名前も全員フルネームで言える人が地球上には何億もいると思いますが・・・)
クラシック音楽にもビートルズと同じ4人編成の曲種があります。代表的なものは弦楽四重奏曲です。バイオリン2、ビオラ、チェロの4つの楽器の組み合わせには18世紀以来、何人もの作曲家がエバーグリーンの傑作を物してきました。弦楽四重奏曲は、 2つ以上の楽章からできているものが多いのですが、その中の特定の楽章だけが全曲の中で傑出した人気を誇る作品が少なくありません。そして、しばしばその楽章だけが単独で演奏されることがあります。ここでも「出すぎた杭が打たれる」ことはないのです。
20世紀アメリカの作曲家、サミュエル・バーバーの弦楽四重奏曲第1番は、その第2楽章「アダージョ」が、故ケネディ大統領の葬儀で使用されて以来、そのエモーションの深さから人々の胸に深く刻まれる音楽となりました。やがて、「バーバーのアダージョ」としてこの楽章だけが単独で、しかも四重奏ではなく、弦楽オーケストラで演奏されるようになりました。コンサートだけではなく、 葬儀や追悼の儀式などでもさかんに取り上げられるようになり、9月11日の同時多発テロの翌年、犠牲者の慰霊祭でも演奏 されています。日本でも昭和天皇が崩御された際、この曲を店内で流している商業施設がいくつかありました。また映画やドラマのシリアスなBGMとしても定着しており、中でも、ベトナム戦争を取りあげた映画「プラトーン」での使用がよく知られています。  もっとも作曲者自身は、この楽章について、自分は決して葬儀用の音楽を書いたつもりではないと後に語っていますが・・・。                    https://youtu.be/WAoLJ8GbA4Y?list=RDWAoLJ8GbA4Y   バーバーのアダージョ(弦楽合奏版) ウィーン・フィルhttps://youtu.be/uaBKQ518B30?list=RDuaBKQ518B30   バーバー 弦楽四重奏曲第1番 (8分38秒から第2楽章)
「交響曲の父」ハイドン(18世紀オーストリア)は、別名「弦楽四重奏曲の父」とも呼ばれます。彼が整備発展させた弦楽四重奏曲の形式が、弟子のベートーヴェンをはじめとする数多くの作曲家によって踏襲されていったからです。70曲を越えるハイドンの弦楽四重奏曲の中には、やはり特定の楽章が圧倒的人気を誇るものがいくつかあります。その中の一つ、「皇帝」は、第2楽章が単独で取り上げられることが多いだけでなく、現在のドイツ国歌のもとにもなっています。ナポレオンに侵攻された際、オーストリアを鼓舞するために、このメロディに歌詞をつけたものが、やがてオーストリア国歌になったわけですが、紆余曲折を経てドイツ国歌と なりました。 https://youtu.be/HBE1IRgy5J0?list=RDHBE1IRgy5J0   「皇帝」第2楽章  (ハイドン/弦楽四重奏曲)   https://youtu.be/JfxpaUYTFy8?list=RDJfxpaUYTFy8            「皇帝」全曲      (7分31秒から第2楽章)https://youtu.be/Xr3oiA9Iru0?list=RDXr3oiA9Iru0              ドイツ国歌 日本語訳つき     記 丸尾豪司