このパンはわが体なり 天使のパン フランク

今年もあと数日で終わりですね。年末年始はご自宅でゆっくり過ごされる方が多いと思いますが、日本や旅行先などで新年を迎える方もいらっしゃることでしょう。かく言う私も、今から四半世紀前の西暦 2000年の大みそか、つまり20世紀の最後の日は、ギリシャの首都アテネにいました。街の中央の大きな広場での新年のカウントダウンは、今でも鮮やかな記憶となって残っています。何しろ、翌日から21世紀がスタートするとあって、おそらく例年以上に豪華で力の入ったイベントだったのでしょう。次から次へと打ち上げられる花火と歓声、そして特設ステージを占めるオーケストラと歌手たちによる生演奏が、新しい世紀の幕開けを告げていました。
クリスマス・ソングや蛍の光(原曲 Auld Lang Syne)など聴きなれた曲がひとしきり流れた後、これも聴き覚えのある音楽が聴こえてきました。「これは何度か聴いたことがあるけれど、はて、誰の何という曲だろう?」そんな思いを抱きながら、ニューイヤーの聴き初(ぞ)めにあたるその妙(たえ)なる調べに酔いしれていました。(この曲は何度か繰り返し演奏されていました。)その後知ったことですが、それはセザール・フランク(19世紀ベルギー)の「パニス・アンジェリクス」(天使のパン)という曲でした。

https://youtu.be/Ff0L4uNRcw4 パニス・アンジェリクス(天使のパン) (英語訳詞つき)

「最後の晩餐」といえば、「モナリザ」と並ぶレオナルド・ダ・ビンチの傑作絵画ですが、この絵は完成後、すぐに絵具が剥落しはじめ、その補修に複数の他人の手が入り、さらには第二次大戦中の空爆で何年か野ざらしになるなど、過酷な時間を過ごして奇跡的に残った作品でもあります。その後、絵の表面を顕微鏡で確認しながら、数世紀に及ぶ汚れや、他人の加筆などを少しずつ取り除いていく「修復作業」が、20年かけて行われました。そして、修復完了の1999年、NHKが特集番組を放送しました。そこでは、作業を通して明らかになったこの壁画の数多くの秘密や、画家レオナルドの狙いや思いなどが詳細に語られていました。
その番組のBGMとして使われていたのが、この「天使のパン」で、録画を何度か見ているうちに、そのメロディーが私の耳に残って いたというわけです。この曲は、聖書の中の「最後の晩餐」の文章がもとになっています。それは、人類の原罪を贖うべく世に遣わされた神の子イエスが、ローマ兵に捕縛される前夜、弟子たちと囲んだ最後の食卓の場面です。その席で、イエスは彼らに別れを告げながら、手に持ったパンを「私の体と思って食べなさい」、そしてワインを「私の血と思って飲みなさい」と伝えました。今思えば、その場面を描いた絵画に、その場面から生まれた音楽を寄り添わせた番組制作者の慧眼には感服するばかりです。
のちにキリスト教では、最後の晩餐の故事をもとにして、聖餐(せいさん)式や聖体拝領と呼ばれる儀式が行われることになります。教派によってその形式は様々あるようですが、基本的には、参列者が実際にパンやワインを口にしながら、救世主の贖罪や犠牲に思いを馳せて信仰を深めることが目的です。パンはイースト菌を用いない平べったい聖餅(せいへい)や、ワインは水を代わりに使うこともよくあります。この大晦日の前のクリスマスイブは、アテネから離れた村の簡素な宿に泊まりましたが、翌朝、外を散歩していると、小さな教会の神父さんが、通りすがりの見知らぬ異邦人である私に、手に持った聖餅を笑顔で渡してくれました。 
https://youtu.be/skbaEPbEUYg?list=RDskbaEPbEUYg  天使のパン(作品の解説と日本語訳詞つき)     a