ヨーロッパの猛暑に比べればずっと涼しいバンクーバーも、今やすっかり夏ですね。夏といえば海。古来、海に憧れた芸術家は数多くいます。今回はその中からリムスキー・コルサコフ(19世紀ロシア)の交響組曲「シェヘラザード」をご紹介します。幼年時代から海に憧れていた彼は、若き日に海軍士官となって遠洋航海に出ます。しかし「海軍に入ってすぐに激しい幻滅に襲われた」そうで、そこで方向転換。やはり子どもの頃から才能を見せていた音楽の道に転じた人物です。
リムスキー・コルサコフの音楽の特徴として、その色彩豊かな管弦楽法が挙げられます。たとえば、彼の代表作「スペイン奇想曲」に見られるキラキラとした輝きは、極彩色の絵画でも見るような趣を持っていて、とうてい雪深く色の乏しいロシアの地に生まれ育った人物の作とは思えないほどです。そういった彼の管弦楽の魔法を学ぶため、ストラヴィンスキーやレスピーギなど多くの若き才能たちがリムスキー・コルサコフのもとに集まったのでした。彼らは後に近代音楽の花を咲かせることになります。
そんなリムスキー・コルサコフ最大の代表作が、ペルシャ起源の「アラビアン・ナイト」(千一夜物語)を元に作曲された交響組曲「シェヘラザード」です。シェヘラザードとは、アラビアン・ナイトに登場する女性の名前です。女性不信に陥った皇帝サルタンは、次から次へと若い女性をめとりながら、初夜に殺害するという誓いを実行に移していました。やがて彼の妻となったシェヘラザードは、皇帝が我を忘れて聞き入る話を夜ごと語って聞かせては、物語の大詰めになると「続きはまた明日」と引き伸ばしながら、毎夜命を長らえていました。そんな日が数え切れぬほど続いていくうちに、ついにサルタンは当初の誓いを自ら破棄してしまうのです。このシェヘラザードが語ったという設定で展開する物語の数々が「アラビアン・ナイト」(千一夜物語)です。
交響組曲「シェヘラザード」の冒頭で聴かれる強圧的で傲慢さを感じさせる主題(メロディ)が皇帝サルタンを表すのに対して、ハープの伴奏に乗って、ソロバイオリンによって優美に奏でられるのがシェヘラザードの主題です。どちらも全4楽章の中に何度も形を変えながら登場します。4つの楽章は「海とシンドバッドの船」「カレンダー王子の物語」「若い王子と王女」「バグダッドの祭り、難破する船」など、いずれもアラビアンナイトから取られた副題を持っています。しかし、それを知らなくても、音楽自体の生命力や美しさによって何度も繰り返し味わいたい魅力にあふれた作品です。なお、ペルシャは現在のイランに当たり、シンドバッドが船出して活劇を繰り広げた海は、ホルムズ海峡の名で呼ばれています。どちらも、全世界の視線を集めているあの地域です。
https://youtu.be/r1nd_GmTOQU?list=RDr1nd_GmTOQU
R・コルサコフ「シェヘラザード」シルヴェストリ指揮ボーンマス響
この演奏は、私がまだ十代の頃に偶然出会って以来、愛聴してやまない座右の一枚で、ルーマニアの指揮者コンスタンティン・シルヴェストリとイギリスのボーンマス交響楽団による名盤と呼ばれる逸品です。シルヴェストリは、やや粗削りながらもスイング感あふれる演奏をするユニークな指揮者でした。そしてこの演奏のもう一つの聴きものが、当時、同楽団のコンサート・マスターだったジェラルド・ジャービスの雰囲気豊かなソロバイオリンです。彼はバンクーバー出身で、地元バンクーバー交響楽団のコンサート・マスターを務めたこともあります。また、鬼才ネヴィル・マリナーとともに、バロック音楽に新風を吹き込みおびただしいレコーディングを残したイギリスのアカデミー室内管弦楽団の初期メンバーの一人でもありました。晩年は、大阪フィルハーモニー交響楽団の招きを受けコンサートマスターを務めてくれたおかげで、朝比奈隆の指揮するブルックナーやマーラーのコンサートで、長身白髪の彼の生演奏を間近で何度も味わうことができました。その姿は今も脳裏に鮮やかに焼きついています。
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