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この世で最もハッピーな曲 ブランデンブルク協奏曲 バッハ

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今回はおめでたい曲をご紹介します。イギリスにイモージェン・ホルストという女性がいました。音楽学者として知られた人物です。彼女が「この世で最も幸福な音楽の一つ」として挙げていたのが、ブランデンブルク協奏曲第4番です。ブランデンブルク協奏曲は、バッハ(18世紀ドイツ)が作曲した1番から6番までの6曲1セットの作品です。その中の第4番は、独奏バイオリンと2本のリコーダー(縦笛)と弦楽オーケストラのための曲で、3つの楽章から成ります。縦笛パートは横笛(フルート)でもよく演奏されます。最も幸福な音楽と言いつつも、第2楽章はなぜか短調で書かれていますが、バロック時代の短調の音楽は、作品に陰影をつけるために使われることが多く、悲しみや嘆きといった感情や暗い物語を思い起こさせることが目的でない場合が多かったのです。この曲の場合は、明るく闊達な両端楽章を際立たせるためのアクセントとしての短調の楽章と考えると分かりやすいと思います。https://youtu.be/tp_WeHUKoXM?list=RDtp_WeHUKoXM  ブランデンブルク協奏曲第4番  指揮 クラウディオ・アバド 協奏曲という曲種で最も多いのが、バイオリン協奏曲とピアノ協奏曲です。どちらもそれぞれの楽器を独奏とした作品です。ただ、ブランデンブルク協奏曲の「ブランデンブルク」は楽器の名前ではなく、ドイツの地名のことで、その土地に関連した協奏曲集という意味です。バッハより後世の人々が、バイオリンの他にホルンやトランペット、チェンバロやフルートなど曲ごとに独奏楽器が変わるこの協奏曲6曲を総括して、この名で呼ぶようになったのがその起源です。「音楽の父」バッハに対して、かつて「音楽の母」という、男なのにちょっと無理のあるニックネームで呼ばれていたのが、バッハと同年生まれで、同じドイツ人だったヘンデルです。彼はオルガンの名手だったため、多くのオルガン協奏曲を残しています。その中から幸福感あふれる第4番作品4の4をご紹介します。バッハもヘンデルも、やたらと4のつく作品ばかりの紹介で、新年早々、縁起が悪いと思われるかもしれませんが、ヨーロッパの作品ですので、4という数字の「しばり」はありませんでした。余談ですが、昨年 亡くなった国民的ヒーロー、長嶋茂雄が生涯に放ったホームランは444本ですので、4が必ずしも悪い数とも言えないでしょう。 なお、ヘンデルのこの作品は、第2楽章も明るい長調で書かれていますが、その透明で天真爛漫な響きには格別の味があります。https://youtu.be/nJK2AMCPa2k?list=RDnJK2AMCPa2k   ヘンデル オルガン協奏曲 作品4の4 オルガン 鈴木優人 ヘンデルのハープ協奏曲も、とてもハッピーな音楽です。この曲は元々オルガン協奏曲なのですが、オルガンの代わりにハープを 使うことがよくあります。ハープ独奏になると華やかさが増しますので、今はまだ真冬ですが、ひと足早く桜の花の舞いでも見るような気分を味わえるかもしれません。  https://youtu.be/nYsGn7Xeo40?list=RDnYsGn7Xeo40  ヘンデル ハープ協奏曲 冒頭で名前を挙げたイモージェン・ホルストは、20世紀イギリスを代表する作曲家グスターブ・ホルストの一人娘でした。彼の 代表作に組曲「惑星」があります。天文学的な興味よりも、当時彼が心惹かれていた占星術的な発想で書かれた作品です。太陽系の惑星たちを描いた全曲の中で最も人気のあるのが「木星」ですが、作曲者はこの曲を「人生をエンジョイする太って陽気な人」と呼び、楽譜には「喜びを運ぶ者」という副題を書き込んでいます。曲の中間部のメロディは、平原綾香の「ジュピター」の原曲となりました。https://youtu.be/IWDhKwUyaw8?list=RDIWDhKwUyaw8  ホルスト「木星」 カラヤン ウィーン・フィル           このカラヤンの録音は、日本で放送されていた「日曜映画劇場」のエンディングテーマとして、中間部のメロディが使われていました。日本人の大半がこの曲を知らなかった時代ですが、曲名を訪ねる電話が放送局によくかかっていたそうです。

2026年(令和8年)桜楓会総会・新年会開催

桜楓会総会:1月17日(土)正午から、桜楓会総会が日系センターで開催され、49名の会員が参加されました。総会成立条件である会員総数148名の10%以上となりましたので、総会が成立し、下記のとおり議事が進行されました。1 松尾会長の総会成立宣言と挨拶2 昨年度行われた桜楓会行事とその収支。3 2025年に開催できた行事は、年次総会・新年会、歩こう会、ゴルフ大会、教養講座、40周年記念大会、リメンバランス・デーへの参加と献花など8回ありました。延べ参加人数は、会員196名、会友他41名、計237名、行事収支は年間59.37ドルの赤字となりました。4 上記企画行事収支を含む桜楓会の総合収支。今期への繰越金は、昨年度より229.93ドル増え、5,638.24ドルとなりました。5 今年の行事予定。今年も歩こう会、ゴルフ大会、教養講座等を予定しております。多くの会員の皆様の参加をお待ちしています。以上の内容が承認され2026年の総会は終了いたしました。                     2025年思い出のアルバムを上映しましたので覧ください。https://www.youtube.com/watch?v=zCVrXUiZb7Iまた、総会・新年会の写真とビデオは、https://photos.google.com/u/1/album/AF1QipMBdrtiVtDaiqP07KCfsfkTE98kwYt15KBDmDAgからご覧ください。 (写真:ビクター山崎さん 記:キャッツ幸子)桜楓会新年会:年次総会に続いて行われた恒例の新年会は、松尾会長の挨拶で始まり、ついで在バンクーバー日本国総領事高橋氏より祝辞をいただきました。そして、参加されている男女それぞれ会員最年長のポール安藤氏と文子夫人による乾杯発声を経て開幕しました。昨年同様、竹屋寿司のお節弁当は、黒豆、田作り、お煮しめなどお馴染みのお節に加え、大ぶりの栗をあしらったお赤飯と自家製のどら焼きも付いた豪華版でした。吟醸酒やビールと共に各テーブルでは賑やかな歓談が続きました。食後には、日本語を学んでいる学生たちを中心に結成されたダンスグループ、World Soran! による元気一杯の踊りが披露され、「牛深ハイヤ節」、「ソーラン節」、K-Popのヒット曲に振り付けた「What is Love?」さらに「東京音頭」ではリーダーの指導のもと、桜楓会会員も参加し、会場いっぱいに動き回りました。余興の後は、午年生まれの年男・年女5名にプレゼントの花が贈られ、続いてお年玉が当たる抽選会となりました。松尾会長が引く名札を司会の鹿内役員が読み上げ、幸運な17名が10ドルから50ドルのお年玉を受け取りました。天候に恵まれ、50名が参加した今年の新年会は午後3時に閉会しましたが、その後も会場では名残惜しく旧交を暖める姿が多く見られました。(写真:ビクター山崎さん、桜楓会役員 記:松本明子)

Xmasとロッカーたち ♪今年彼らが受け取る最高の贈り物は命だ

今日はクリスマス。同じキリスト教でも、他の日をクリスマスとする宗派や教義もあるが、そのほとんどが冬に救世主の誕生日を祝うようだ。キリスト教国ではないものの、昔からずっとクリスマスを祝ってきた日本では、サンタクロースがギフトを運んでくることが主なスタイルで、欧米のように、ミルクやクッキーを置いてサンタさんの労に報いる家庭は、決して多いとはいえないだろう。それと同じように、クリスマスシーズンになるとさかんに行われるドネーションの類も、歳末募金などはあっても、日本ではやはり少ないのではないだろうか。その昔、欧米のクリスマスでは当然のようになっている「富める者から貧しき者へ」の精神を具体的に歌にしたロックミュージシャンたちがいた。スティング、ワム、ボーイ・ジョージ、ボノ、デュランデュランなどのイギリスの大物アーティストたちである。彼らは、その名も「バンドエイド」というグループを結成し、一つの曲を作った。干ばつによる深刻な飢餓に苦しむエチオピアに食料を届けるために。「彼らはクリスマスを知っているのか Do they know it's Christmas?」である。♪クリスマスだ。世界に手をさしのべよう。となりの人のために祈ろう。雨も降らず何も育たないアフリカで、彼らは今日がクリスマスだと知っているのだろうか。さあ、みんなのために乾杯しよう。食料を世界に届けよう。彼らにクリスマスを知らせよう。今年、彼らが 受け取る最高の贈り物は命だ。 (1984年発表 売り上げはアフリカに届けられた)https://youtu.be/3Y7xSRzhVi4?list=RD3Y7xSRzhVi4 彼らはクリスマスを知っているのか 日本語訳詞つきビデオその翌年、これに対抗するようにアメリカでも、やはりアフリカの飢餓救済を目的とした歌が発表された。「We are the world」である。メンバーはスティービー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、ポール・サイモン、ライオネル・リッチー、レイ・チャールズ、ボブ・ディランシンディ・ローパー、ビリー・ジョエルなど、やはりそうそうたる面々だった。一人で何億でも稼げる彼らが一堂に介して、ほとんど無償で歌い上げたこの曲も、チャリティソングの名作として今も聴かれ続けている。♪We are the world We are the children 私たちは世界の一部 私たちは神の子ども多くの日本人が想像する以上に、キリスト教の影響の強い文化のアメリカだけあって、歌詞にも宗教色が濃く表れている。https://youtu.be/bcimsd-5x_U?list=RDbcimsd-5x_U  We are the world 日本語訳詞つきビデオユニセフ(国連児童基金)の親善大使として、エチオピアはもちろん、数多くの貧困国や紛争地域などを訪れて、その惨状を世界に発信し続けた黒柳徹子は、ある著作の中で次のように述べている。「人は他人のためにちょっと何かをするために生まれてくる、と言ったフランスの詩人がいますが、ボランティアについて、私はこの言葉を大切にしています。」「ちょっと何かをすること」とクリスマス。浮かんでくるのは「そう。今日はクリスマス。君はこれまでに何をした?」で始まるジョン・レノンとオノ・ヨーコによる「Happy Christmas」ではないだろうか。1971年、つまりビートルズ解散の翌年に発表されたこの歌は、今ではすっかりクリスマス・ソングとして定着している。しかし、副題が「War is over」となっているのが意味深長である。https://youtu.be/pTvZ-Fxuu74?list=RDpTvZ-Fxuu74  Happy Christmas~War is over ジョン・レノン&オノ・ヨーコ1980年、ジョンが一人のファンによる凶弾に倒れ世を去った時、まことしやかに暗殺説がささやかれたことがある。根拠となったのは、アメリカ移住後に反戦活動や政治的発言を繰り返した彼に対して、「好ましからぬ人物」として、アメリカ政府から国外への退去命令が下されたことが挙げられる。(退去の表向きの理由はイギリス時代のマリファナ所持だったが、この命令を不服とした彼は法廷で争い、1976年にグリーンカード~永住権を勝ち得ている。)また「ハッピー・クリスマス」の同年に発表した「イマジン」でも、平和な未来を夢見る歌詞の中に宗教を否定する一文があり、それがキリスト教徒との結びつきの強いアメリカの政治家たちの逆鱗に触れたという噂もあった。(暗殺説は後に否定されている)https://youtu.be/wARpk54fv8U?list=RDwARpk54fv8U Imagine ジョン・レノン 日本語訳詞つき平和主義者のジョン・レノンが世を去った12月8日は、日本時間の9日だが、その前日は太平洋戦争の始まりとなった真珠湾攻撃の日であることに、偶然ながら、なにやら因縁めいたものを感じる人たちも一部にはいた。

このパンはわが体なり 天使のパン フランク

今年もあと数日で終わりですね。年末年始はご自宅でゆっくり過ごされる方が多いと思いますが、日本や旅行先などで新年を迎える方もいらっしゃることでしょう。かく言う私も、今から四半世紀前の西暦 2000年の大みそか、つまり20世紀の最後の日は、ギリシャの首都アテネにいました。街の中央の大きな広場での新年のカウントダウンは、今でも鮮やかな記憶となって残っています。何しろ、翌日から21世紀がスタートするとあって、おそらく例年以上に豪華で力の入ったイベントだったのでしょう。次から次へと打ち上げられる花火と歓声、そして特設ステージを占めるオーケストラと歌手たちによる生演奏が、新しい世紀の幕開けを告げていました。クリスマス・ソングや蛍の光(原曲 Auld Lang Syne)など聴きなれた曲がひとしきり流れた後、これも聴き覚えのある音楽が聴こえてきました。「これは何度か聴いたことがあるけれど、はて、誰の何という曲だろう?」そんな思いを抱きながら、ニューイヤーの聴き初(ぞ)めにあたるその妙(たえ)なる調べに酔いしれていました。(この曲は何度か繰り返し演奏されていました。)その後知ったことですが、それはセザール・フランク(19世紀ベルギー)の「パニス・アンジェリクス」(天使のパン)という曲でした。https://youtu.be/Ff0L4uNRcw4 パニス・アンジェリクス(天使のパン) (英語訳詞つき)「最後の晩餐」といえば、「モナリザ」と並ぶレオナルド・ダ・ビンチの傑作絵画ですが、この絵は完成後、すぐに絵具が剥落しはじめ、その補修に複数の他人の手が入り、さらには第二次大戦中の空爆で何年か野ざらしになるなど、過酷な時間を過ごして奇跡的に残った作品でもあります。その後、絵の表面を顕微鏡で確認しながら、数世紀に及ぶ汚れや、他人の加筆などを少しずつ取り除いていく「修復作業」が、20年かけて行われました。そして、修復完了の1999年、NHKが特集番組を放送しました。そこでは、作業を通して明らかになったこの壁画の数多くの秘密や、画家レオナルドの狙いや思いなどが詳細に語られていました。その番組のBGMとして使われていたのが、この「天使のパン」で、録画を何度か見ているうちに、そのメロディーが私の耳に残って いたというわけです。この曲は、聖書の中の「最後の晩餐」の文章がもとになっています。それは、人類の原罪を贖うべく世に遣わされた神の子イエスが、ローマ兵に捕縛される前夜、弟子たちと囲んだ最後の食卓の場面です。その席で、イエスは彼らに別れを告げながら、手に持ったパンを「私の体と思って食べなさい」、そしてワインを「私の血と思って飲みなさい」と伝えました。今思えば、その場面を描いた絵画に、その場面から生まれた音楽を寄り添わせた番組制作者の慧眼には感服するばかりです。のちにキリスト教では、最後の晩餐の故事をもとにして、聖餐(せいさん)式や聖体拝領と呼ばれる儀式が行われることになります。教派によってその形式は様々あるようですが、基本的には、参列者が実際にパンやワインを口にしながら、救世主の贖罪や犠牲に思いを馳せて信仰を深めることが目的です。パンはイースト菌を用いない平べったい聖餅(せいへい)や、ワインは水を代わりに使うこともよくあります。この大晦日の前のクリスマスイブは、アテネから離れた村の簡素な宿に泊まりましたが、翌朝、外を散歩していると、小さな教会の神父さんが、通りすがりの見知らぬ異邦人である私に、手に持った聖餅を笑顔で渡してくれました。 https://youtu.be/skbaEPbEUYg?list=RDskbaEPbEUYg  天使のパン(作品の解説と日本語訳詞つき)     a

お先に行きますが皆さんお幸せに 即興曲 シューベルト

日本では、今年もベートーヴェン「第九」の師走が近づいてきました。12月限定の公演数の多さ  から考えても、日本は、世界で最も「第九」を愛する国と言ってもいいでしょう。私の古い友人にも、第九を至高の音楽と呼んではばからない者が何人かいました。音楽雑誌やテレビ番組などでも、 12月の特集として第九が取り上げられることが、今でもよくあります。昔、そういった雑誌記事を読んでいると、こういうことを書いている批評家がいました。「自分も若い頃は第九に酔いしれた。これぞ人類の宝だと信じていた。しかし、歳を取るにつれて、作品がだんだん重く感じられるようになった。 今はむしろシューベルトのピアノ曲あたりで、優しく静かに慰めてもらう方がいい」「第九」初演から3年後の1827年、56歳で亡くなったベートーヴェンの葬儀には2万人を越えるウィーン市民が参列しました。シューベルトもその一人ですが、彼は敬愛する楽聖の棺を墓地まで挽いていく大役の一端を担いました。この年、彼が書いた 作品に「即興曲」があります。全部で 4つのピアノ曲から成る作品ですが、親しみやすいメロディが、明るい長調と暗い短調の間を夢のように揺れ動き、どの瞬間にも魅力が溢れる曲集です。また、昔からピアノ練習者に親しまれてきた作品でもあります。長らく病をかかえていたシューベルトは、その翌年、帰らぬ人となりました。享年31歳でした。ですから即興曲はシューベルト晩年の作品ということになります。「シューベルトは別れの音楽です。自分は逝くけれど残ったあなたたちは幸せでいてくださいね、というメッセージがこめられています」日本を代表する女流ピアニスト、伊藤恵(けい)は彼の晩年の音楽をこのように評しています。  https://youtu.be/FWLZi5sRrR4?list=RDFWLZi5sRrR4  シューベルト「即興曲」作品90  アルフレート・ブレンデル(ピアノ)ここで「即興曲」を弾いているブレンデルは、20世紀のピアノの大家にして、シューベルトのスペシャリストとも称された人物です。この録音は、彼が自他ともに認める世界的ピアニストになってからのものです。 ブレンデルは、デビューして間もない無名時代にも、アメリカの小さなレコード会社のために、「即興曲」を録音しています。廉価盤のLPとして発売されたその録音を私も持っていますが、それを初めて聴いた時の不思議な感銘は、今でもよく覚えています。それは、後の人気演奏家となった彼のパフォーマンスとは一線を画するものでした。まるで誰もいない密室で、シューベルトと対峙して無言の対話を交わすかのような音で、自分を捨てた「無私」の境地を感じさせました。慌ててレコードジャケットの解説を読むと、その演奏について「尋常ならざる沈潜」という言葉が使われていました。「沈潜」とは「深く沈み込む」という意味ですが、あたかも、死を覚悟した作曲者晩年の「悟り」にも近い心情を具現化した音を聴く思いでした。そして、この録音はブレンデルが31歳の時のものだということも分かりました。シューベルトの没年と同じ歳です。それが、この演奏家の内面に何らかの作用を及ぼしたのでしょうか。ブレンデルは今年6月に94歳で亡くなりました。シューベルトの人生の3倍の長きにわたる生涯でした。その彼が遺した膨大な録音の中でも、この時期のものだけは、後年の巨匠然とした演奏に比べて、沈潜の妙が際立っているように感じます。シューベルトの即興曲は作品90の4曲ともう一つ、作品142の4曲もあります。こちらも同じ年に書かれたものです。これら8曲の即興曲は、200年にわたって多くの人々に変わらず愛されてきました。https://youtu.be/qZSnxngDT44?list=RDqZSnxngDT44 「即興曲」作品142  伊藤恵(ピアノ)

教養講座「ヘタで何が悪い?! 抽象画と子供の絵」

11月14日(金)桜楓会の教養講座「ヘタで何が悪い⁈抽象画と子どもの絵」が開かれました。講師は役員の丸尾が務めました。会員と会友を合わせて16名の方にご参加いただきました。プログラム   紹介した主な作品やアーティストなど ※ネット、YouTube等で閲覧や視聴が可権威と大衆    モネ「印象 日の出」具象画と抽象画  カンディンスキー「コンポジション」  モンドリアン「コンポジション」「ブロードウェイ・ブギウギ」ジョアン・ミロ  エミリー・カー  東郷青児  古田織部(織部焼)  フランク・ロイド・ライト(建築家)  ル・コルビュジエ(建築家)「ロンシャンの礼拝堂」抽象画と音楽 ヴィヴァルディ「四季」より「秋」第2楽章  ショパンピアノソナタ第2番「葬送行進曲付き」より終楽章 パウル・クレー「リズミカルな森のらくだ」「ポリフォニー」「赤のフーガ」「階段の上の子ども」「格闘の場面」 谷川俊太郎 詩集「クレーの絵本」  三善晃 合唱曲「クレーの絵本」 アンリ・マティス「ジャズ」 抽象画と子どもの絵  クレー「太鼓奏者」   仙厓義梵(せんがいぎぼん)「犬」「龍と虎」「□△〇」   谷内六郎 週刊新潮の表紙絵 シャガール「空を飛ぶ馬」「私の村」  ルオー「ヴェロニカ」  ピカソ 皿絵   先史時代の洞窟壁画 テレジン強制収容所の子どもの絵と詩抽象画と迫害 クレー「リストからの抹消」「黄金の魚」「R荘」「飢えた少女」「死と炎」  画家ヒトラーの絵画不安と創造 エルンスト・キルヒナー  エミール・ノルデ  映画「カリガリ博士」参加者の感想教養講座、見事でした。流れる小川の水に自然と身を任せる木の葉のように心地よい時間でした。 私は具象画、抽象画の両方とも好きですが、描くとしたら圧倒的に抽象画が好きです。単なる教養を高める講座ではなく、お話の一つ一つが遠くの場所、時間を超えて心が「旅」をしました。講座が終わっても、丸一日心地良い旅の余韻が残り、作品の背景の話が時間と距離を超えたリモートビューイングの旅を続けています。この講座自体が絵画に負けない「一つの作品」として、心の琴線に触れて今も響いています。こんなに感動出来るなんて、私の感性もまだまだいけるなと嬉しかったです。こんな時間を大変な準備をして挙行していただき、ありがとうございました。次回も待っていますよ。(会員)あれだけの話をするためには、話の内容・展開を決めるだけでも大変だと思いますし、それに沿う情報・材料を集めるのがさらに大変だと思います。丸尾さんは、もともと引き出しがたくさんあるとは存じますが、それにしても情報の宝庫でした。しかも、話題の点と点がつながって線になり、線がつながって面になり、という感じで進んでいくストーリー展開に大変引き寄せられました。「もしかして今回が最後かも」とのことでしたが、個人的には是非続けて頂きたいと思います。(会友)(記: 丸尾豪司)