Xmasとロッカーたち ♪今年彼らが受け取る最高の贈り物は命だ今日はクリスマス。同じキリスト教でも、他の日をクリスマスとする宗派や教義もあるが、そのほとんどが冬に救世主の誕生日を祝うようだ。キリスト教国ではないものの、昔からずっとクリスマスを祝ってきた日本では、サンタクロースがギフトを運んでくることが主なスタイルで、欧米のように、ミルクやクッキーを置いてサンタさんの労に報いる家庭は、決して多いとはいえないだろう。それと同じように、クリスマスシーズンになるとさかんに行われるドネーションの類も、歳末募金などはあっても、日本ではやはり少ないのではないだろうか。その昔、欧米のクリスマスでは当然のようになっている「富める者から貧しき者へ」の精神を具体的に歌にしたロックミュージシャンたちがいた。スティング、ワム、ボーイ・ジョージ、ボノ、デュランデュランなどのイギリスの大物アーティストたちである。彼らは、その名も「バンドエイド」というグループを結成し、一つの曲を作った。干ばつによる深刻な飢餓に苦しむエチオピアに食料を届けるために。「彼らはクリスマスを知っているのか Do they know it's Christmas?」である。♪クリスマスだ。世界に手をさしのべよう。となりの人のために祈ろう。雨も降らず何も育たないアフリカで、彼らは今日がクリスマスだと知っているのだろうか。さあ、みんなのために乾杯しよう。食料を世界に届けよう。彼らにクリスマスを知らせよう。今年、彼らが 受け取る最高の贈り物は命だ。 (1984年発表 売り上げはアフリカに届けられた)https://youtu.be/3Y7xSRzhVi4?list=RD3Y7xSRzhVi4 彼らはクリスマスを知っているのか 日本語訳詞つきビデオその翌年、これに対抗するようにアメリカでも、やはりアフリカの飢餓救済を目的とした歌が発表された。「We are the world」である。メンバーはスティービー・ワンダー、マイケル・ジャクソン、ポール・サイモン、ライオネル・リッチー、レイ・チャールズ、ボブ・ディランシンディ・ローパー、ビリー・ジョエルなど、やはりそうそうたる面々だった。一人で何億でも稼げる彼らが一堂に介して、ほとんど無償で歌い上げたこの曲も、チャリティソングの名作として今も聴かれ続けている。♪We are the world We are the children 私たちは世界の一部 私たちは神の子ども多くの日本人が想像する以上に、キリスト教の影響の強い文化のアメリカだけあって、歌詞にも宗教色が濃く表れている。https://youtu.be/bcimsd-5x_U?list=RDbcimsd-5x_U We are the world 日本語訳詞つきビデオユニセフ(国連児童基金)の親善大使として、エチオピアはもちろん、数多くの貧困国や紛争地域などを訪れて、その惨状を世界に発信し続けた黒柳徹子は、ある著作の中で次のように述べている。「人は他人のためにちょっと何かをするために生まれてくる、と言ったフランスの詩人がいますが、ボランティアについて、私はこの言葉を大切にしています。」「ちょっと何かをすること」とクリスマス。浮かんでくるのは「そう。今日はクリスマス。君はこれまでに何をした?」で始まるジョン・レノンとオノ・ヨーコによる「Happy Christmas」ではないだろうか。1971年、つまりビートルズ解散の翌年に発表されたこの歌は、今ではすっかりクリスマス・ソングとして定着している。しかし、副題が「War is over」となっているのが意味深長である。https://youtu.be/pTvZ-Fxuu74?list=RDpTvZ-Fxuu74 Happy Christmas~War is over ジョン・レノン&オノ・ヨーコ1980年、ジョンが一人のファンによる凶弾に倒れ世を去った時、まことしやかに暗殺説がささやかれたことがある。根拠となったのは、アメリカ移住後に反戦活動や政治的発言を繰り返した彼に対して、「好ましからぬ人物」として、アメリカ政府から国外への退去命令が下されたことが挙げられる。(退去の表向きの理由はイギリス時代のマリファナ所持だったが、この命令を不服とした彼は法廷で争い、1976年にグリーンカード~永住権を勝ち得ている。)また「ハッピー・クリスマス」の同年に発表した「イマジン」でも、平和な未来を夢見る歌詞の中に宗教を否定する一文があり、それがキリスト教徒との結びつきの強いアメリカの政治家たちの逆鱗に触れたという噂もあった。(暗殺説は後に否定されている)https://youtu.be/wARpk54fv8U?list=RDwARpk54fv8U Imagine ジョン・レノン 日本語訳詞つき平和主義者のジョン・レノンが世を去った12月8日は、日本時間の9日だが、その前日は太平洋戦争の始まりとなった真珠湾攻撃の日であることに、偶然ながら、なにやら因縁めいたものを感じる人たちも一部にはいた。2025.12.26 05:59
空想庭園 ➖ リウィアの別荘壁画帝政ローマ最初の皇帝アウグストゥスの妃リウィアは、ローマ市街の北15キロの集落プリマ・ポルタに広大なヴィラを所有していました。1863年、僅かな遺構を頼りに始まった発掘調査の際に、見事な壁画で飾られた地下室が発見されました。その後壁画は壁から剥がされ、修復を経て現在はローマ国立博物館 (Museo Nazionale Romano Palazzo Massimo alle Terme) に収蔵展示されています(推定制作年代は紀元前39 -38年)。5.9m x 11.7mの矩形の部屋の壁には、出入り口を除き、庭園の風景が連続して一面に描かれています。おそらくは客人をもてなす場であり、夏の暑さを避けるため地下に作られたと考えられています。植物の描写は極めて正確かつ細密で、しかも開花や結実の時期が本来異なる植物が全て満開、果実はたわわに実り、これが現実の風景でないことは明らかです。壁画には単なる室内装飾以上の意味があるとみられ、例えばアウグストゥス帝が実現した「パクス・ロマーナ」(ローマの平和)の祈念、リウィアとの婚礼の祝い、またはローマの神々の象徴、等の仮説が研究者たちから提唱されています。2025.12.26 05:54
腕を組む男考え事をしている時には腕を深く組む。自画像を自分のスランプ状態を破る手口として自分の顔を眺めていると手に鉛筆や絵筆を持ちたくなり何とか心が絵画に向いてくるものである。立派な人間でも無いのだが、86歳の人生の一大転換期に面した自分を紙の上に2Dのイメージとして残す事はこれから先の道を見据える事に役立つだろうか。何歳から超高齢者になるのかは分からないが、今年は節目であった事は間違いない。養老孟司は年寄りはリラックスしろと、中村天風は晩年こそ人生の全てと言う、仏教では生老病死という人生で避けられぬ四つの苦しみが教えられる。僕はどうすれば良いのだろう?2025.12.26 05:52
このパンはわが体なり 天使のパン フランク今年もあと数日で終わりですね。年末年始はご自宅でゆっくり過ごされる方が多いと思いますが、日本や旅行先などで新年を迎える方もいらっしゃることでしょう。かく言う私も、今から四半世紀前の西暦 2000年の大みそか、つまり20世紀の最後の日は、ギリシャの首都アテネにいました。街の中央の大きな広場での新年のカウントダウンは、今でも鮮やかな記憶となって残っています。何しろ、翌日から21世紀がスタートするとあって、おそらく例年以上に豪華で力の入ったイベントだったのでしょう。次から次へと打ち上げられる花火と歓声、そして特設ステージを占めるオーケストラと歌手たちによる生演奏が、新しい世紀の幕開けを告げていました。クリスマス・ソングや蛍の光(原曲 Auld Lang Syne)など聴きなれた曲がひとしきり流れた後、これも聴き覚えのある音楽が聴こえてきました。「これは何度か聴いたことがあるけれど、はて、誰の何という曲だろう?」そんな思いを抱きながら、ニューイヤーの聴き初(ぞ)めにあたるその妙(たえ)なる調べに酔いしれていました。(この曲は何度か繰り返し演奏されていました。)その後知ったことですが、それはセザール・フランク(19世紀ベルギー)の「パニス・アンジェリクス」(天使のパン)という曲でした。https://youtu.be/Ff0L4uNRcw4 パニス・アンジェリクス(天使のパン) (英語訳詞つき)「最後の晩餐」といえば、「モナリザ」と並ぶレオナルド・ダ・ビンチの傑作絵画ですが、この絵は完成後、すぐに絵具が剥落しはじめ、その補修に複数の他人の手が入り、さらには第二次大戦中の空爆で何年か野ざらしになるなど、過酷な時間を過ごして奇跡的に残った作品でもあります。その後、絵の表面を顕微鏡で確認しながら、数世紀に及ぶ汚れや、他人の加筆などを少しずつ取り除いていく「修復作業」が、20年かけて行われました。そして、修復完了の1999年、NHKが特集番組を放送しました。そこでは、作業を通して明らかになったこの壁画の数多くの秘密や、画家レオナルドの狙いや思いなどが詳細に語られていました。その番組のBGMとして使われていたのが、この「天使のパン」で、録画を何度か見ているうちに、そのメロディーが私の耳に残って いたというわけです。この曲は、聖書の中の「最後の晩餐」の文章がもとになっています。それは、人類の原罪を贖うべく世に遣わされた神の子イエスが、ローマ兵に捕縛される前夜、弟子たちと囲んだ最後の食卓の場面です。その席で、イエスは彼らに別れを告げながら、手に持ったパンを「私の体と思って食べなさい」、そしてワインを「私の血と思って飲みなさい」と伝えました。今思えば、その場面を描いた絵画に、その場面から生まれた音楽を寄り添わせた番組制作者の慧眼には感服するばかりです。のちにキリスト教では、最後の晩餐の故事をもとにして、聖餐(せいさん)式や聖体拝領と呼ばれる儀式が行われることになります。教派によってその形式は様々あるようですが、基本的には、参列者が実際にパンやワインを口にしながら、救世主の贖罪や犠牲に思いを馳せて信仰を深めることが目的です。パンはイースト菌を用いない平べったい聖餅(せいへい)や、ワインは水を代わりに使うこともよくあります。この大晦日の前のクリスマスイブは、アテネから離れた村の簡素な宿に泊まりましたが、翌朝、外を散歩していると、小さな教会の神父さんが、通りすがりの見知らぬ異邦人である私に、手に持った聖餅を笑顔で渡してくれました。 https://youtu.be/skbaEPbEUYg?list=RDskbaEPbEUYg 天使のパン(作品の解説と日本語訳詞つき) a2025.12.26 05:47
あつみの最も好んだ趣味2013年何時も話しかけられる人が突然側に居なくなった。それに近年はその人の顔を描いていなかった事にも気付いて驚いている。エドモントンでリードしていた松風茶湯グループでは長崎県五島福江市での国際椿会出席後は専ら五島の椿の原生種に興味が湧き極寒地エドモントンで幾種類かの椿の花をお茶の為に育てていた。バンクーバーに移住した折(2013)五島の椿原種を何本か持って来て新戸部紀年庭園に寄贈したのも12年前の事である。隣組ではガーデンクラブを先導し仲間と隣組のガーデンに良く足を運んでいた。ストラスコーナのガーデンニングも長年続き懸命に開発していた。その後隣組で書いていた「OUR EDIBLE ROOTS―The Japanese Canadian Kitchen Garden」 (2018出版)以後セントポール病院屋上庭園でのコミュニティーガーデンにこの思想を家庭で実現中でした、通常のサヤ豆類、大根、きゅうり、青ネギ、花豆やウド、山芋まで試験中でした。花壇植栽を増やしてポリネーターガーデン運動にも積極的に協力した。好きな薔薇収集も自腹を切って患者や訪問者、スタッフを楽しませて居たのです。 2025.11.25 19:37
お先に行きますが皆さんお幸せに 即興曲 シューベルト日本では、今年もベートーヴェン「第九」の師走が近づいてきました。12月限定の公演数の多さ から考えても、日本は、世界で最も「第九」を愛する国と言ってもいいでしょう。私の古い友人にも、第九を至高の音楽と呼んではばからない者が何人かいました。音楽雑誌やテレビ番組などでも、 12月の特集として第九が取り上げられることが、今でもよくあります。昔、そういった雑誌記事を読んでいると、こういうことを書いている批評家がいました。「自分も若い頃は第九に酔いしれた。これぞ人類の宝だと信じていた。しかし、歳を取るにつれて、作品がだんだん重く感じられるようになった。 今はむしろシューベルトのピアノ曲あたりで、優しく静かに慰めてもらう方がいい」「第九」初演から3年後の1827年、56歳で亡くなったベートーヴェンの葬儀には2万人を越えるウィーン市民が参列しました。シューベルトもその一人ですが、彼は敬愛する楽聖の棺を墓地まで挽いていく大役の一端を担いました。この年、彼が書いた 作品に「即興曲」があります。全部で 4つのピアノ曲から成る作品ですが、親しみやすいメロディが、明るい長調と暗い短調の間を夢のように揺れ動き、どの瞬間にも魅力が溢れる曲集です。また、昔からピアノ練習者に親しまれてきた作品でもあります。長らく病をかかえていたシューベルトは、その翌年、帰らぬ人となりました。享年31歳でした。ですから即興曲はシューベルト晩年の作品ということになります。「シューベルトは別れの音楽です。自分は逝くけれど残ったあなたたちは幸せでいてくださいね、というメッセージがこめられています」日本を代表する女流ピアニスト、伊藤恵(けい)は彼の晩年の音楽をこのように評しています。 https://youtu.be/FWLZi5sRrR4?list=RDFWLZi5sRrR4 シューベルト「即興曲」作品90 アルフレート・ブレンデル(ピアノ)ここで「即興曲」を弾いているブレンデルは、20世紀のピアノの大家にして、シューベルトのスペシャリストとも称された人物です。この録音は、彼が自他ともに認める世界的ピアニストになってからのものです。 ブレンデルは、デビューして間もない無名時代にも、アメリカの小さなレコード会社のために、「即興曲」を録音しています。廉価盤のLPとして発売されたその録音を私も持っていますが、それを初めて聴いた時の不思議な感銘は、今でもよく覚えています。それは、後の人気演奏家となった彼のパフォーマンスとは一線を画するものでした。まるで誰もいない密室で、シューベルトと対峙して無言の対話を交わすかのような音で、自分を捨てた「無私」の境地を感じさせました。慌ててレコードジャケットの解説を読むと、その演奏について「尋常ならざる沈潜」という言葉が使われていました。「沈潜」とは「深く沈み込む」という意味ですが、あたかも、死を覚悟した作曲者晩年の「悟り」にも近い心情を具現化した音を聴く思いでした。そして、この録音はブレンデルが31歳の時のものだということも分かりました。シューベルトの没年と同じ歳です。それが、この演奏家の内面に何らかの作用を及ぼしたのでしょうか。ブレンデルは今年6月に94歳で亡くなりました。シューベルトの人生の3倍の長きにわたる生涯でした。その彼が遺した膨大な録音の中でも、この時期のものだけは、後年の巨匠然とした演奏に比べて、沈潜の妙が際立っているように感じます。シューベルトの即興曲は作品90の4曲ともう一つ、作品142の4曲もあります。こちらも同じ年に書かれたものです。これら8曲の即興曲は、200年にわたって多くの人々に変わらず愛されてきました。https://youtu.be/qZSnxngDT44?list=RDqZSnxngDT44 「即興曲」作品142 伊藤恵(ピアノ)2025.11.25 19:25
教養講座「ヘタで何が悪い?! 抽象画と子供の絵」11月14日(金)桜楓会の教養講座「ヘタで何が悪い⁈抽象画と子どもの絵」が開かれました。講師は役員の丸尾が務めました。会員と会友を合わせて16名の方にご参加いただきました。プログラム 紹介した主な作品やアーティストなど ※ネット、YouTube等で閲覧や視聴が可権威と大衆 モネ「印象 日の出」具象画と抽象画 カンディンスキー「コンポジション」 モンドリアン「コンポジション」「ブロードウェイ・ブギウギ」ジョアン・ミロ エミリー・カー 東郷青児 古田織部(織部焼) フランク・ロイド・ライト(建築家) ル・コルビュジエ(建築家)「ロンシャンの礼拝堂」抽象画と音楽 ヴィヴァルディ「四季」より「秋」第2楽章 ショパンピアノソナタ第2番「葬送行進曲付き」より終楽章 パウル・クレー「リズミカルな森のらくだ」「ポリフォニー」「赤のフーガ」「階段の上の子ども」「格闘の場面」 谷川俊太郎 詩集「クレーの絵本」 三善晃 合唱曲「クレーの絵本」 アンリ・マティス「ジャズ」 抽象画と子どもの絵 クレー「太鼓奏者」 仙厓義梵(せんがいぎぼん)「犬」「龍と虎」「□△〇」 谷内六郎 週刊新潮の表紙絵 シャガール「空を飛ぶ馬」「私の村」 ルオー「ヴェロニカ」 ピカソ 皿絵 先史時代の洞窟壁画 テレジン強制収容所の子どもの絵と詩抽象画と迫害 クレー「リストからの抹消」「黄金の魚」「R荘」「飢えた少女」「死と炎」 画家ヒトラーの絵画不安と創造 エルンスト・キルヒナー エミール・ノルデ 映画「カリガリ博士」参加者の感想教養講座、見事でした。流れる小川の水に自然と身を任せる木の葉のように心地よい時間でした。 私は具象画、抽象画の両方とも好きですが、描くとしたら圧倒的に抽象画が好きです。単なる教養を高める講座ではなく、お話の一つ一つが遠くの場所、時間を超えて心が「旅」をしました。講座が終わっても、丸一日心地良い旅の余韻が残り、作品の背景の話が時間と距離を超えたリモートビューイングの旅を続けています。この講座自体が絵画に負けない「一つの作品」として、心の琴線に触れて今も響いています。こんなに感動出来るなんて、私の感性もまだまだいけるなと嬉しかったです。こんな時間を大変な準備をして挙行していただき、ありがとうございました。次回も待っていますよ。(会員)あれだけの話をするためには、話の内容・展開を決めるだけでも大変だと思いますし、それに沿う情報・材料を集めるのがさらに大変だと思います。丸尾さんは、もともと引き出しがたくさんあるとは存じますが、それにしても情報の宝庫でした。しかも、話題の点と点がつながって線になり、線がつながって面になり、という感じで進んでいくストーリー展開に大変引き寄せられました。「もしかして今回が最後かも」とのことでしたが、個人的には是非続けて頂きたいと思います。(会友)(記: 丸尾豪司)2025.11.14 19:51
リメンバランスデイ 追悼式典11月11(土)スタンレイパークにある日系戦没者慰霊記念碑の前で行われた追悼式典に桜楓会を代表して参加して来ました。1921年に200名近い日系カナダ人は兵隊としては、BC州では認められず、ALBERTA州まで行って志願し、ヨーロッパ戦線の中でも、激しい戦場に送られ、多くの犠牲者を出しました。そうやって命を落としていった人たちに敬意を表し献花してまいりました。式典は隣組関係者David Iwaasa氏の司会により始まり、First Nationの代表者による承認、カナダ国歌の斉唱、出席者の紹介、金光教牧師による祈り、戦没者の招霊の起床ラッパ、バグパイパーによる追悼の演奏、第一次大戦ヨーロッパでの激戦地フランダースの説明があり、K..Takahide氏のGod Save the Kingの独唱で式典は終了しました。最後に20名の代表者が記念碑の塔の回りに献花を行い、戦死者の冥福を祈りました。桜楓会からは6名の参加者がありました。(記:松尾健一)2025.11.11 19:57
ハリウッド映画四方山話 (投稿者:渡嘉敷治夫さん)2025年10月3日公開のハリウッド映画『The Smashing Machine』。主演は、いまや“ハリウッドで最も稼ぐ男”と称されるドウェイン・ジョンソン。物語は「霊長類最強」と呼ばれた総合格闘家マーク・ケアの、栄光と転落、そして再生を描いた実話ドラマです。撮影現場で初めてドウェイン・ジョンソンに会い、握手を交わした瞬間、胸が熱くなりました。私は25年前から彼の大ファン。身長196センチ、体重111キロ──実際に目の前に立つと、私のような体格でも見上げるほどの圧倒的な存在感でした。彼は驚くほどフレンドリーで、休憩中には「日本の餃子の王将が大好きなんだ」と笑顔で語ってくれました。初めて食べたときはあまりの美味しさに思わずテーブルを叩いた、という逸話まで披露してくれました。そんなドウェインに対し、私が演じたのは――彼のキャリアを容赦なく断ち切る冷酷な日本人興行主。落ちぶれた格闘家に契約打ち切りを突きつける、非情な男です。ドウェイン「契約を打ち切られるのですか?」私「このお金で終わりだ」彼が金を数えて驚く。「え、これだけ?」私「それだけだよ」ドウェイン「お願いだから試合を続けさせてくれないか」私は横の役員に向かって冷笑しながら言う。「こいつ、バカなんじゃないのか? まだ試合するつもりでいるぜ」2025.10.26 02:27
夏の実り 油彩毎日曜日、近くの公園で開かれるファーマーズ・マーケットで見つけた、ちょっと変わったお野菜、 絵の具を塗ったように鮮やかな紫色のカリフラワー、花のように開いたカリフローレ、とんがり帽子のような三角形のキャベツなどを並べてみました。さて、お味は普通のカリフラワーとキャベツでした。2025.10.26 02:25