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ガウディのごと バイオリンとオーボエのための協奏曲 バッハ

生前は、前例のない様式の建築物を作り続け、奇想の建築家として常に批判にさらされてきたスペインのアントニ・ガウディですが、今はその建築物のうち7点が世界遺産に登録されています。その中で最大規模のサグラダ・ファミリア贖罪教会が今年完成したというニュースが 世界を駆け巡りました。しかし、完成したのは聖堂全体ではなくメインタワーである「イエスの塔」でした。今年没後100年を迎えた彼の命日である6月10日、塔完成を祝うミサがローマ教皇レオ14世によって当地で執り行われました。このバルセロナの大聖堂には未完成の塔がまだいくつもあり、全体の完成には、なお10年ほどを要する見込みです。サグラダ・ファミリアは今から144年前に着工されましたが、その道のりは苦難の連続でした。当時のスペインは、産業革命の波に乗り、急速に工業化が進むとともに、富裕層(雇用主)と貧困層(労働者)に社会が分断される深刻な事態に陥っていました。ある日、富裕層が 集まる劇場で、貧困層の青年が投げ込んだ爆弾により観客の多くが死傷するテロ事件が発生します。これをきっかけとした市民たちの発願と寄付から、この大聖堂の建設が始まり、ガウディが監督となりました。しかし、資金難から工事は難航を極め、さらにガウディの死後に起こったスペイン内乱によって、聖堂の大半が破壊され、ガウディの工房も焼け落ち、設計図も失われました。何度となく危機を迎えた聖堂建設ですが、「明日はもっといいものを作ろう」というガウディの遺志を継いだ弟子たちの懸命の努力と建築技術の発達により、近年急ピッチで工事が進行しています。(イエスの塔の着工は2018年。その後わずか8年で完成。)生前のガウディは、人間どうしを隔てる差別や分断に心痛めていたと言われます。死後100年を経て、融和よりも分断の方向に重心がかかっている現代、ローマ教皇がミサの中で語った「イエスを信じながら無実の人を殺すことはできない」という言葉は、大聖堂の地下に眠る彼の魂にはどう響いたことでしょう。ちなみに、サグラダ・ファミリアは近年の活動として、スペイン語が堪能でない移民や難民を対象とした観覧日を特別に設けています。これもガウディの遺志を継いでのことと思われます。さて、ガウディの死や内乱によって失われた大聖堂のプランや設計図という、頼るべき資料の大半が手元にない厳しい状況の中、弟子たちはどうやってイエスの塔のプランを復元し、塔そのものを完成させることができたのでしょうか。そのために強い味方となったのが、完成した大聖堂をイメージして生前のガウディが描いていた構想図(スケッチ)と石膏模型などのわずかな資料でした。        それを聞いて思い出すのは、オーボエをソロ楽器としたバッハの協奏曲です。彼は10曲以上のチェンバロ協奏曲を残しましたが、それらはほとんどが他の自作曲からの編曲であることが分かっています。しかし、楽譜の失われた多くの原曲は、もとはどんな曲 だったのか不明でした。ところが20世紀に入りバッハ研究が進むにつれ、次第に失われた原曲の姿が復元可能となってきました。わずかに残された原曲と編曲を比較検討することで、バッハが編曲する際のルーティンや癖やこだわりが明らかになり、現代に比べてはるかに楽器が未発達だった当時(18世紀前半)の状況から、独奏していた楽器の種類も断定できるようになりました。今回はその中からバイオリンとオーボエのための協奏曲(復元された原曲)とチェンバロ協奏曲(編曲)を並べてご紹介します。https://youtu.be/wU4fXV-ySg8?list=RDwU4fXV-ySg8 バッハ バイオリンとオーボエのための協奏曲 ニ短調 原曲(復元) https://youtu.be/jEJi-KfYqIQ?list=RDjEJi-KfYqIQ   バッハ 2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 編曲このバイオリンとオーボエのための協奏曲は、復元ながらバッハの作品の中でも高い人気を誇る佳曲です。    

健康講座 吉川英治先生による「高齢者向け楽しいボクササイズセミナー」

去る6月13日(土)の午後、生長の家バンクーバー会館の集会所は輝くような笑顔に包まれていました。日本人では初の『全米殿堂入り』ボクサー吉川英治先生。幾人もの世界チャンピオンをコーチし、「Compassionate Pugilist(思いやりの拳士)」として名高い吉川英治先生をお迎えしたボクササイズセミナー。参加者は13名(会員9名、会友4名)を数え、会場は始まる前から熱い期待感に満ちあふれていました。幕を開けたセミナーで私たちを待っていたのは、吉川先生のユーモア溢れる、どこまでも優しいご指導でした。先生の軽妙なトークに、張り詰めていた空気は一瞬で和らぎ、会場のあちこちから笑顔がこぼれ落ちはじめます。ひとたび体を動かし始めると、その楽しさは私たちの想像を遥かに超えるものでした。現代のボクシングは、決して単なる格闘技ではありません。それは、私たちが生涯を自分の足で、若々しく歩み続けるための「究極の健康法」だったのです。軽くシャドウパンチを続けるだけで、みるみるうちにうっすらと汗が滲み心肺機能が鍛えられていきます。これを続ければ、普段の生活で階段や坂道に出会っても、もう息切れすることはありません。また、先生の合図に合わせて膝を曲げる防御姿勢は、実は知らず知らずのうちに理想的なスクワット運動へと繋がっており、私たちの足腰を劇的に進化させていきます。さらに驚かされたのは、動体視力へのアプローチです。パートナーから繰り出されるパンチに対して、瞬時に目のピントを合わせるトレーニング。これによって鍛えられた動体視力と反射神経は、日常生活で歩いている時に人や車、障害物をサッと避ける力になり、果ては山歩きで上から落ちてくる石をパッと避けるといった、いざという時の護身の力にまで直結します。吉川先生は、シニア世代にとって最も恐ろしいリスクについても情熱を込めて語ってくださいました。万が一、転倒して大腿骨を骨折し入院することになれば、筋肉は恐ろしい勢いで減少する「サルコペニア」を引き起こします。それは、寝たきりや認知症の発症という、人生を一変させてしまう危機へと繋がっているのです。家の中でも外でも歩道を歩いてるだけでも、人、自転車、電動スクーター、電動車椅子の人、強引にクロスしてくる車、歩道に突き出た手入れされていない尖った木の枝、道路の穴、段差などあらゆる危険が潜んでいます。だからこそ、ボクササイズが必要なのです。転びそうになった瞬間にグッと踏みとどまり、バランスを真っ直ぐに戻す「反射神経」。迫る危険を察知する「動体視力」。そして体を支える「太ももの筋肉」。この三つを即座に連動させる力をつければ、転倒のリスクを大幅に減らすことができます。ミットにパンチが綺麗に決まった瞬間の快感、そして「できた!」という喜びで、会員の皆様の楽しそうな笑い声や笑顔は最後まで止まることがありませんでした。あらゆるケガを予防し、笑顔溢れる楽しい健康生活を送るために、吉川先生のボクササイズは本当に心からお勧めです。セミナー後の吉川先生からのコメントです。「教えて頂いたのは、こちらの方です。皆さんのポジティブさ、優しさ、明るさに感謝です。ボクシング教室が本当に目指すのは、平和な社会です」との事です。奇跡のような興奮と感動を与えてくださった吉川先生、そして共に汗を流した13名の勇敢な仲間の皆様、本当にありがとうございました。写真はこちらから:https://photos.app.goo.gl/Txu3iDbJzdXqhZhG9次のボクササイズは8月8日(土)午後1時30分より生長の家バンクーバー会館(305 East 16th ) に於いて行われます。 (記:渡嘉敷治夫)a

血湧き肉躍る響き 映画とオーケストラ

今月の22日、映画「スター・ウォーズ」最新作の公開が始まった。5月のスター・ウォーズ記念日に合わせてのことかもしれない。今回はエピソード6と7の間を埋めるストーリーのようだ。半世紀前、まだ10歳だった1977年に映画館で見た「エピソード4」(第1作)の感動が今も忘れられず、そのときめきをこの最新作で再現したと今回の監督は語っている。彼と同じように、この映画を初めて見た時の感銘を語る者は、世界に数知れない。かく言う自分も、2時間があっという間だったことを今でもよく覚えている。その日本での公開は、アメリカの1年後だったこともあって、この映画の圧倒的な評判とともに、すでにさまざまな情報が日本にもたらされていた。映画の世界では、昔から「名画には名曲あり」という言葉がある。優れた映画には、必ずと言っていいほど優れた音楽が付随しているというわけだ。古いものだが「ウエストサイド・ストーリー」や「サウンド・オブ・ミュージック」、「タイタニック」などはその最たるものと言えるだろう。そして、「スター・ウォーズ」も、映画そのものと同じぐらい音楽が評判になっていた。その中で自分がいちばん興味をもった点は、この映画の音楽全てをロンドン交響楽団が演奏しているという事実だった。ロンドン交響楽団(以下LSO)は、イギリスのナンバーワンにして、世界的なトップオーケストラである。その長い歴史の中で世界の巨匠たちと成し遂げてきた名演奏は、枚挙にいとまがない。それがハリウッド映画の伴奏を務める?なぜ?自分も含めて世間の反応はおおむねそんな感じだった。オーケストラはクラシック、つまり芸術音楽を演奏するための団体で、映画のような娯楽音楽には関与しない。そんな不文律があった時代の話である。つまりサブカルチャーと芸術の間には深い溝があったのである。それは作曲においても事情は同じだった。映画音楽を含めたポピュラー系の作品は、クラシック音楽よりも一段下の音楽であるという認識が当時は支配的だった。「ロミオとジュリエット」「ゴッドファーザー」など映画音楽の名作を残したニーノ・ロータは「自分はクラシックの作曲家で映画音楽は趣味に過ぎない」と常々公言していた。同じイタリア人で「ニュー・シネマ・パラダイス」「ミッション(ガブリエルのオーボエ)」やマカロニ・ウエスタンの名曲を物したモリコーネも、音大で学んだのは現代音楽であり、生活のために引き受けた映画の仕事には長い間ジレンマを感じていた。が、ある時思い立ってメロディ優先の路線に舵を切ったところ、それが大衆に支持されたことから音楽家としての新たな使命に目覚めたと語っている。やはり現代音楽が主だったにも拘わらず、今や、世界に愛されるジブリアニメの専属作曲家ともいえる久石譲にもよく似た経緯があった。人生は何が転機になるか分からない。長い間、ハリウッドの映画音楽は主に地元の音楽家たちが担ってきた。現地には常にフリーランスの音楽家たちが集まり、映画会社との契約の中で、その度に臨時編成のバンドや楽団を組んでは作品作りに参与していた。したがって、本来ならば「スター・ウォーズ」のサントラもその形での収録となるはずだった。それがなぜ歴史ある交響楽団の起用となったのかといえば、一つは作曲者のジョン・ウィリアムズが自分の音楽を演奏するには、本格的な大編成の管弦楽団を必要とすると感じていたからだった。彼も専門教育を受けた作曲家で、「スター・ウォーズ」より後の「インディ・ジョーンズ」や「ジュラシック・ワールド」や「ハリー・ポッター」などの音楽も、既存のクラシック作品と比べて何ら遜色のない分厚く豊かで壮麗な響きが魅力の一つとなっている。もう一つの理由は、当時、同団の常任指揮者だったアンドレ・プレヴィンとジョン・ウィリアムズが親しかったということが挙げられる。若い頃は二人とも同じ作曲家の弟子だった。プレヴィンは、もともとジャズピアニスト、作曲家として成功した人物で、ジャズの  名盤をいくつも残し、映画音楽の世界でも多くの功績を残していたが、やがてクラシックに進出し、当時躍進中の指揮者だった。また、クラシックファンにはあまり知られていなかったことだが、LSOはそれ以前からロック音楽との関りが深かった。たとえばイギリスのロック音楽をオーケストラ用にアレンジしたレコードを出したり、リック・ウェイクマン(ロックグループ「イエス」のメンバー)がジュール・ヴェルヌの同名小説から作ったシンフォニック・ロック「地底探検」のコンサートに参加するなど、クラシック以外の音楽とも親和性を高めていたのである。リック・ウェイクマン「地底探検」 ロンドン交響楽団https://youtu.be/-EcNdiNaYl8?list=RD-EcNdiNaYl8  LSOに続いて、アメリカのロス・アンジェルス・フィルハーモニーが録音した「スター・ウォーズ組曲」のレコードがスマッシュヒットを記録すると、堰を切ったように世界中のオーケストラが、こぞってジョン・ウィリアムズの大編成映画音楽をレパートリーに加えていった。そして、クラシック音楽の二枚看板ともいえるウィーン・フィルとベルリン・フィルも、ついにコンサートや録音でスター・ウォーズを 演奏する時代を迎えた。なお、LSOはエピソード1~6までの長きにわたり「スター・ウォーズ」シリーズの音楽を支えることとなった。「スター・ウォーズ」メインテーマ ジョン・ウィリアムズ指揮ウィーン・フィルhttps://youtu.be/54hoKbTWon4「スター・ウォーズ」王座と終曲 ジョン・ウィリアムズ指揮ベルリン・フィルhttps://youtu.be/C5g9vGfx59w?list=RDC5g9vGfx59w「スター・ウォーズ」エピソード1~9の冒頭集 1~6はロンドン交響楽団 https://youtu.be/65AiMis768   

空想庭園その2― 閉ざされた庭

フランクフルトのシュテーデル美術研究所は、「閉ざされた庭」と呼ばれる作品を所蔵しています。上ライン地方出身の匿名の画家が1400年代初頭に製作したこの板絵には、塀で囲われた色彩豊かな庭園内での牧歌的な光景が描写されています。書物を紐解く聖母マリア、その足元では音楽の守護聖人である聖チェチリアが幼子イエスにプサルテリオン(ハープの原型)を弾かせ、さらにサクランボを摘む聖ドロテア、砂金をすくう聖バルバラ、大天使ミカエルを囲んで聖ゲオルギウスと聖オズワルドの姿が見られます。庭園にはスズラン、アイリス、ユリ、カーネーションなど四季の花が咲き、まさに楽園のようです。この絵の主題は何でしょうか。中世から近世にかけて、これに類似した「閉ざされた庭」を描いた作品が多く制作されました。これらは旧約聖書の「雅歌」第4章12節「わが妹、わが花嫁は閉じた園、閉じた園、封じた泉のようだ。」が典拠とされています。女性賛美の生々しい記述が続く「雅歌」を、後世の神学者たちは聖母マリアの暗喩と解釈しました。「閉ざされた庭」は純潔を意味し、さらに庭園は「楽園」にも通じます。「閉ざされた庭」は外界と隔絶し、調和に満ちた聖なる空間であり、地上では実現されることのない理想の姿です。

スター・ウォーズと同じ⁈セビリアの理髪師 ・フィガロの結婚

5月4日は「スター・ウォーズ」の日です。これは同映画の中の名ぜりふ「May the Force be with you」 (フォースとともにあらんことを)と5月4日(May the 4th)を掛けて生まれた記念日です。Forceフォースは万物に宿るとされる架空の生命エネルギーのことで、中国の気功などがそのモデルとなっています。その他にもこの映画には、中国の古代思想や日本の禅や武士道や歌舞伎など東洋の伝統文化から着想されたワードやネーミング、アイテムやファッションなどが数多く登場します。また黒澤明監督の映画からの引用やパロディがちりばめられていることもよく知られています。スター・ウォーズの脚本(原作)執筆と監督を務めたジョージ・ルーカスが、映画人として最も大きな影響を受けた人物が黒澤でした。公開と同時に大ヒットした「スター・ウォーズ」は当初の予定どおりシリーズ化され、エピソード1から9までの壮大なスペースオペラとして完結しました。これは、通常3編ずつのグループに分けられます。発表順に並べると、①エピソード4~6の旧三部作、②1~3の新三部作、③7~9の続三部作です。これらは40年以上の歳月をかけ、さらに紆余曲折を経て出来上がったものです。なお、ルーカスは①②で脚本と制作を担当しましたが、③では、そのどちらにも直接の関りを持っていません。面白いのは、原作の途中にあたるエピソード4から始まって6で完結したはずのシリーズが、16年も経った後に物語の始まりで あるエピソード1~3に遡って作られていることです。これには様々な理由が唱えられています。そして、なぜエピソード7~9には、ルーカスがノータッチなのか。残念ながら、このわずかな紙面ではそれらについてくわしくお伝えすることができません。その代わりに、クラシック音楽の中で、スター・ウォーズとよく似た出来事をご紹介したいと思います。原作の第2部が先に舞台化され第1部がその後だったという、名作オペラの誉れ高い「フィガロの結婚」(第2部)と「セビリアの理髪師」(第1部)です。この2つの台本は、フランスの小説を原作としていますが、作曲は前者が18世紀オーストリアのモーツァルト、後者は19世紀イタリアのロッシーニです。2人の活躍した年代からも明らかなように、後半が先に、前半が後に作曲されています。(原作には 第3部もあって、20世紀にフランスの作曲家がオペラ化していますが、こちらは全くと言っていいほど上演の機会がありません。)https://youtu.be/JAywJzT_8fs?list=RDJAywJzT_8fs歌劇「フィガロの結婚」序曲 東京フィル('25大晦日コンサート)この「フィガロの結婚」では、対立してきたあくどいお金持ちの老人が、実は主人公の理髪師フィガロの父親であったという事実が明らかになりますが、これも、悪の権化ダースベーダーと正義の主人公ルーク・スカイウォーカーが父子だったというスター・ウォーズの設定と同じで、その点も興味深いと思います。(「I am your father」 「No!!!」もスターウォーズの歴史的名ぜりふの一つです。)「セビリアの理髪師」も「フィガロの結婚」もハッピーエンドの物語です。ただし、そこに至るまでには修羅場の連続です。愛し合う男女に向けた横恋慕や嫉妬や思い込み、誤解や行き違いなど人間の欲望がむき出しになります。次から次へと騒動が巻き起こる様は、関西名物「吉本新喜劇」を思い起こさせます。吉本新喜劇は長年にわたって変わらぬ人気がありますが、ドタバタだけのオペラは、一時的な人気は得ても、風雪に耐えた例がありません。この2作が今もさかんに上演される一番の理由は、欲望と挫折だけに終わらず、人間のレジリエンス(回復力)に対する深い洞察を込めた脚本と、何よりもその音楽が一級品だからです。https://youtu.be/8mVfVaqGZnQ?list=RD8mVfVaqGZnQ歌劇「セビリアの理髪師」序曲 ウィーンのサマー・コンサート正確なことを言えば、モーツァルトがフィガロの結婚を書く前に、パイジェルロという人物がセビリアの理髪師をオペラ化しています。しかし、後にロッシーニがそれより優れた同名の歌劇を作ったために、ほとんど忘れ去られてしまいました。    

幸せの見つけ方

私の家から自転車で数分のところに、Pacific Spirits Regional Parkというのがあって自転車で数分、ちょっと寒かったですけど先ほど行ってきました。健康のためだと速歩でハァハァとTrailを歩くんです。森では割に珍しいリスと出会いました。いつも庭に出てくる活発なリスと森に住むリスは種類がだいぶ違うようです。サイズが小柄。長い冬の後、いま素晴らしく美しい春がやってきました。桜が葉桜になり今ピンク色の八重桜が あちこちで咲き誇っています。春の陽射しの下、そこを歩くととても幸福感を感じます。ところで何かで読んだのですが、ノーベル賞受賞者の心理学者らの研究ではLotteryに当たって大金を手にした人、一方で障害を持ち大変な日々を送っている人。時が少し経てば、これらの人びとの感じている〈幸福感〉にはさほどの差はないということなのです。慣れてしまえば何でもそれが当たり前になってしまう、という・・人の性。エンドルフィンやドーパミンとかの脳で分泌される脳内物質によるものだそうです。私のお知り合いでカナダで何十年も住んでいるのに、BC州の有名な州立公園に行ったことも、その名前すら知らないという方も複数おられました。高物価だとかモーゲージだとか健康のことだとか、日々悩ましい色いろの問題は誰にでもあるものですが、この美しい環境での美しい日々に幸せを感じようとしないのは、とてももったいないなー、と思うのであります。